31 ミクロン諸島の変貌
ミクロン諸島の転移の間に着いた途端、潮の香りが、私の鼻腔にほんのり香った。
やはり、ここの転移の間も同じ造りだったが、気温がまったく違った。
暑いけれど、肌に優しい湿り気を帯びた暑さだ。
言葉の問題は、エイリックのお陰で解決した。これで、ミクロン諸島の人たちとも
気軽に話す事が出来るだろう。
転移の間を出た私を、ボボが出迎えてくれた。
「えっ、ボボ殿下。どうしてここに?」
「エイリックから前もって知らせがあっただす。ようこそミクロン王国へ。サクラ」
簡素な造りの屋敷を出ると、さらに強く香る海の匂いが押し寄せた。
南国へ着いたという感慨で、私の心が喜びで膨れ上がった。
「手回しが良いのね。ここにいられるのは五時間くらいかしら。ボボ殿下、少しだけで良いの。島を見て見たい」
「もちろんだす。そのつもりで迎えに来ただす」
ボボがじっと何かを待っている。
私が、ハッと気が付き、右手を差し出すと、いつかメイリーンがしていたように、私の手の甲にボボが口づけをする。
そっと触れたかどうか分からないほどの、かすかな口づけ。
こう見えて、 ボボは王族なんだなと今更ながら感心する。
立ち居振る舞いが優雅だ。
庶民の私にまで、丁寧に挨拶してくれる。
ボボの周りには十人ほどの護衛が付き従い、絶えず周囲に気を配っていた。
私まで緊張してきた。
「其方らは、もっと離れているだす。お客様が怖がっているだすよ」
「……はっ」
今度は護衛たちは遠巻きに囲み、私達の後をついてきた。
「ボボ殿下、エイリックに聞いたんだけど。ここにも魔があるんですって?」
「そうだす。エイリックが見つけてくれただす。サクラのお陰でもあると、彼は言ってただす」
「……もう少ししたら、エイリックにも教えて上げるつもりだったんだけど……実は」
私は、朱雀から聞いた、魔の体系を紙に書き出しボボに差し出した。
「これは、いったいどういうことだすか! これのとおりだとすれば、全てのスキルは魔の属性に総て収まってしまうということだすぞ」
「そうよ。例えば、言語理解というスキルを授かったとする。そのスキルは水の属性だから、その人は水の属性の他のスキルにも適性があるという事になる。どう、ボボ? すごいと思わない? 一人で何個もスキルが使えるかも知れないの」
「……これはあまりにも重要な発見だす」
帝国では、一人に一つだけスキルが授かると教えられてきた。
だが、それは未熟な理解だったのか、あるいは、帝国が故意に隠していたのか。
今となっては、どうでも良いことだ。
私は、朱雀に聞いて真実を知ることが出来た。
そしてエイリックやボボも知ることとなったのだ。
これから彼らはこの事実を世界に広めて行ってくれるはず。
私の役目もこれでおしまい。
私は私で、これからは商人として生きて行けば良いだけだ。
ボボが見せてくれたのは本島だけだったけど、それでも十分すばらしかった。
海はトルコブルーで澄んでいる。磯には魚が泳ぐ姿がハッキリ見えるのだ。
「浅く見えるだすが、結構深いだす。気を付けて」
つい魚に手を伸ばしそうになった私の身体を支え、落ちないように気遣ってくれた。
白い砂浜も、岩だらけの海沿いもある。島の中には山もあり、平地には作物が植えられ水も豊富だった。
「結構大きな島なのね。水も美味しい。まるで南国の楽園だわ」
「ここは常夏だすが、ハリケーンがくるだす。それが一番大変だす」
最後に、島の街をゆっくり案内してくれた。
転移で来たときに通り過ぎただけだったが、今度は時間の許す限り見て回ることになる。
「島はここ数年で変わっただす。魔を授かった島民が増えたお陰だす」
土の属性があるものが建物の骨格を作り、言語理解のあるものは島民に言葉を授ける。
そして一番の変化は――空間庫持ちがいるお陰で物資が簡単に手に入るようになったことだ。とコッソリ教えてくれた。
「おいは鑑定のスキルがあるだす。サクラの魔の体系に寄れば、おいは水属性ということになるだす」
「そうよ。もしどうしてもスキルが育たなければ……もう一度”魔”を飲めば成長する。これは奥義よ! なんてね。うふふ」
「本当に、次から次と……サクラ殿、貴重な情報、感謝するだす」
「受け売りだけど、役に立った?」
「大いに役立っただす」
ボボには、魔を取り過ぎないように注意した。
確信はないけど、私の心の奥に、言葉に出来ない不安があるのだ。
魔は取り過ぎれば、人の意思を取り込もうとするのではないか……。
思念を食べると言う魔の話を聞き、そして、実際に思念が形作られたものを見てきた経験から、そういう危険が伴うのではないかと――私は危惧しているのだ。




