30 プロイスタン国のレース
ローゼン商会では、有りと有らゆる商品を扱っていた。
各所に大きな商店や倉庫を抱えていて、店ごとに取り扱う品物が違う。
帝国へは主に食料を輸出していた。
他の細々したものは他の国と取引しているようだった。
その中の一つに、パパの商売に丁度いいお店に連れて行ってもらえた。
かねてから興味があった、レース製品だ。
他にも香水や、化粧品など貴族の女性が気に入るような物を取り扱っているお店だった。
ヤマタイラ国には、貴族とは言わず華族や士族と呼ばれる階級がある。
その他にも、財閥と呼ばれる大商人は、爵位を与えられ庶民とはまったく違う生活をしている。
私の家は、庶民の中では裕福だろう。でも、華族様たちとはまったく住む世界が違う。政治も彼らだけで動かしている。
パパも議員だが選挙権があるだけの街の下っ端議員なのだ。
華族や財閥の奥様たちにとって、プロイスタン国のレースや化粧品は魅力的で、きっと食いついてくるに違いない。
「パパ、商の格が上がるよ! 私、良い物を仕入れて持って帰るからね」
私の家は代々呉服屋だ。パパの代になって、仕入れ先を広げて店を大きくした。
品物は服飾関係ばかりだけど、手を広げすぎることは危険だ。
今は、ここの商品だけに絞るのが安全だろう。
繊細なレースは向こうが透けて見える程きめ細かい。
薄い布に刺繍をしてカットし、複雑な模様を刻んでいる物、細い糸で立体的なお花の模様をかたどった物や、ややこしい結び方で編み上げる紐。
そして細かい網に刺繍した物など……目移りする。
羽二重も高価だが、このレースも目が飛び出るほど高い。
じっくりと選んで、華族様たちの服装を思い浮かべながらどれが良いか考えていると、ふわりと良い香りが鼻をくすぐった。
「これを」
といって美しい女性が一番高そうなレースを私に差し出す。
「あの、私ここの店員ではなくって……」
「まあ、それは失礼しました。ごめんなさいね」
このお方は、子爵のお嬢様だった。
彼女の服装は、貴族の普段着だそうで、ヤマタイラ国の華族たちが着ている、ずるずるとした洋風ドレスとも違っている。
すっきりとした体形を引き立てるような服を着ていた。華美になりすぎず機能的だ。仕立ての各部分が複雑なパーツに分かれている。
身体のでこぼこに無理なく沿わせ、さらに欲しい部分には膨らみを入れているようだ。
私がじっと見ているのに気が付いたのだろう。お嬢様は、得意そうにくるりと回って見せ、言った。
「これは今年流行の仕立てよ」
そうなんだ。ヤマタイラ国では滅多に型は変えない。色や素材で流行を追っていた。
大体、庶民は洋服など滅多に誂えない。着物生活だ。
でも、これなら立ち居振る舞いに気を使うことなく、着こなせそうだ。
――この仕立て方を取り入れても良いかも……。
今私が着ているのは、エイリックに誂えて貰った物だ。軽い素材で作られたドレスで、庶民が着るには少し高価だが、貴族が着ている物よりは格が下がる。
だから、どういう身分なのか見ただけでは分からないだろう。
貴族のお嬢様はどうやら変え襟としてレースを買いにきたようだ。
襟に当てて鏡を見ている。
――そうか、襟を付け替えるだけで雰囲気を変えているのか。
この日たくさんの気づきがあり、そして懐のお金は軽くなった。
仕入れは順調に進んでいた。
ある日レオポルドさんは、もう一つのお店を紹介してくれた。
「仕入れに来たのならこちらも良いかもしれないな」
彼が紹介してくれたお店は、薬屋だった。
薬だけではなく、お茶やそれにまつわる食器や複雑なガラス製品も置いてあった。
「お茶まで手を出すと資金が足りない。それに味には好みがある。これは、お土産としてちょっとだけ買っていくか」
薬はカウンターの奥に並べられていて、手に取って見ることは出来そうにない。
「あの、切り傷や、肌荒れに効くお薬はありますか?」
「はい、こちらです。この地域でしか生えていない薬草を使っております。効能は折り紙付きです」
ヤマタイラ国の薬と、どれだけ違うか確かめてみよう。
各種少量ずつ買い求めた。
鼻の奥を刺激する臭いで充満した薬屋を出て、街の中を散策する。
空気をいっぱい吸い込むと、ぷーんと馬糞の臭いがしてきた。
石畳の真ん中をたまに掛けて行く馬車からの落とし物だ。
これは、ヤマタイラ国でもよく嗅ぐ臭いだった。
「パパ、もうすぐ帰るからね」
若い女の一人歩きは危険だと言われるけど、私には心強い相棒たちがいるので安心だ。
たまに私にぶつかってくる子供がいたり男の人がいても、知らない間に勝手に転んでいる。
笑いたいのを堪え、何食わぬ顔で通り過ぎる。
「ポンタ、ありがとうね」
《あいつ、サクラのお金を摺ろうとしていた。いけない子供だ!》
私は最後に寄る予定のお店がある通りに入った。
角から三番目にある黄色の看板があるお店。
よく目立つ看板には「エーデル・フック仕立屋」と装飾文字で書かれていた。
プロイスタン国の文字は読めない私は、書いてもらった紙と見比べ、ここだと確信する。
あの子爵令嬢から聞き出した、話題の流行服を作るお店だ。
「このお店で私の服を仕立て終わったら、ヤマタイラ国へ帰ろう」
すべての手配が終わった。
あとは洋服が出来上がるのを待つばかりだった。
エイリックの屋敷で、この事を話すとエイリックから思いがけない提案があった。
「では、その間、ポルトン国とミクロン諸島への転移をしてみるかい?」
「でも、目的もなくただ転移するなんてもったいないわ。私そんなにお金残っていないし」
エイリックは苦笑しながら、何でもないことのようにさらりと受け流した。
「これは君がしてくれたことへの、ささやかなお礼だ。大した事ではない」
世界を股に掛けるなら、言語を入れ込むことが必要だといって、彼は私に言語理解のスキル持ちを紹介してくれた。
一度にたくさんの言語を多々魔に押し込められて、私はめまいを起こす。その日はずっと寝て過ごさなければならないほどだった。
エイリックは一緒には行けないそうなので、私だけ転移することになった。
今回は半日しか滞在できない。とんぼ返りの転移だ。
レオポルドさんの専属の転移人がついて、転移の間に入る。
もちろんポンタたちは影に隠れて一緒にいる。
――本当はいけないことでしょうけど。一回いければあとはポンタが自由に行き来出来るようになる。
私は胸を高鳴らせて、白い光と共に転移した。




