27 庭師のゴーシュ
ゴーシュは、この男爵領の庭師だ。
今年で三十五歳になる。
彼の父親は猟師で、大酒飲みだった。そして彼が死んだ母親を恋しがって泣くと、いつもこう言うのだ。
「バンシーが来てお前をあの世へ連れて行ってくれるさ。好きなだけ泣け」
そう言われると幼いゴーシュは、怖くなってピタリと泣き止む。
身体も丈夫ではなかったゴーシュは、体格も小さかった。
彼には、父親のような猟師の才能はなかった。
弓矢も下手くそで、いつも父親に殴られていた。
「お前なんぞ、穀潰しだ!」
彼が十二歳になった時、その父親も亡くなり、天涯孤独となった。
仕事を探さなければ生きていけない。
そんな折、村のおばばが彼にこう言った。
「お前、新しくできたあのお屋敷に行って仕事をもらえ。庭師ぐらいならできんだろ」
「うん、おら土いじりは好きだ」
そうして男爵の屋敷に庭師の見習いに雇ってもらえるようになった。
彼の仕事は、専ら水汲みだ。ここには庭師の親方がいて彼に水を汲んでこいと言いつける。
水は、少し歩いたところの湖から汲んでこなければならなかった。
この湖には、魚がいない。
周りは草だらけだったが、湖は砂利が敷き詰められて、風が吹くとざざーっと、水が石を洗う音がする。
水はぬらりとしていて表面が虹色だった。
なるべく透明なところを選んで水を汲む。
腹が減ってどうしようもないときは、その水を飲んで気を紛らわした。
あるときゴーシュは不意に気が付く。
「おら、なんだか土を動かせるような気がする」
ゴーシュが十五歳の時だった。
庭師の親父も年を取って引退し、その後を任せられるようになった頃だった。
目の前には一人ではこなしきれないほどの広い庭がある。
思い切って土を動かしてみた。
「だあれも見ていねぇし、いいべ。土、動け!」
もしこんな突拍子もない思いつきを誰かに見られていたら、恥ずかしいと、ゴーシュは考えたのだ。
土は見事に動き、柔らかくなった。嬉しくなったゴーシュは毎日仕事に精を出す。
湖へ行っては水を汲み畑を耕す。花を植え庭木を剪定し一生懸命働いた。
しかし、このお屋敷の男爵様はここから出ていってしまった。
「おら、ずっとここで働きてぇな」
「お前は怖いもの知らずだな。私達はここを去る。だが、旦那様はまた違う人が来て下さる。お前はここにいられるさ」
執事がそう言ってくれたので、使用人が変わっても、ゴーシュはここにずっと居続けることになった。
男爵は四度変わった。今度のご主人様は若い。
ゴーシュも三十五歳になったがまだここにいられることにホッとした。ゴーシュは独り者だった。女の人はこの屋敷に雇われているというと怖がって嫁に来てくれなかった。
毎夜ゴーシュは屋敷の地下の狭い部屋に一人で寝る。
今日も仕事を終えて、眠りにつくのだ。
ゴーシュが寝入ると、彼からもやもやとしたものが立ち上がり、屋敷中を歩き回る。
そんなこととはつゆ知らず、ゴーシュはぐっすり眠っている
ある日、ここの新しい領主が、ゴーシュの地下に来た。
そしてゴーシュに「起きろ!」と大声で言ったのだった。
***
「庭師が原因だったのですか」
執事が驚いている。
あの大人しい、この屋敷にずっと尽くしてきたゴーシュが、悪さをしていると聞き腑に落ちないようだ。
彼が悪さをしていたわけではないが、確かに彼の思念が今までの不幸を招いていたことは確かだった。
エイリックは彼の身体を隈なく探り、背中に取り憑いた魔物の虫をはたき落としてやった。
その後も、何も変わりなくふつうに働いてくれている。
だが、サクラが、「彼には魔の力が備わっているはずだ」というのだ。
魔の力がなければ、思念を保つことは難しいのではないかと。
そうかもしれない。
湖の水には魔がある。彼は知らずに飲んだに違いない。
問い質すと確かに飲んだと言い、そしてさらにこう言った。
「おら、土が好きだ。どうかここにいさせてけろ。おらが土を動かせば、良い花が咲く」
ゴーシュは掘り出し物だった。
土の属性は滅多に見つからないのだから。




