表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/35

26 精霊の魔物

次の朝までまんじりともせず過ごすうちに、一番鶏が鳴いた。


「すみませんが、わたくし、これから休ませていただきます」


マーガレットは疲れた顔でそう呟く。


「ええ、ゆっくり休んで。夕べはうるさくて眠れなかったんだもの」


私はそう言い残し、彼女の部屋から自分の部屋へ行って着替える。


「エイリックに湖へ連れて行ってもらわなくちゃ。このままでは、屋敷の使用人までもおかしくなってしまう」


使用人たちは、眠れない夜でも起き出して仕事に取りかかっていた。

いまにして思えば、彼らは怯えていたというよりも、疲れ切っていたのだと分かる。


「お嬢様、お食事の用意がととのっております。どうぞ」

「大変だったわね。ここは良いわ。一人で大丈夫だから、少し休んで」

「……そういうわけにはまいりません。お言葉だけ、ありがたく頂戴いたします」


そう言って、家政婦が出ていった。


《気にすんな、サクラ。使用人は交代で休むって言ってたよ》


ポンタがそう言うのなら、そうなのだろう。

ポンタは時々、影に隠れて屋敷の中を見て回っているのだから。

では、領主はどうか――休めないよね、エイリックは。

”責任感”が服着て歩いているような人だもの。


ここに来てからエイリックはやつれた。

ヤマタイラ国へ来た時はどうだったかしら。あのときは気が動転して覚えていないけど、疲れていたのかもしれない。

考えてみれば、エイリックはまだ十六歳なのだ。私と一歳しか違わない。

こんな若さで領主を任されるというのは、相当な重みだろう。

食堂へ入って行くと、エイリックは食べ終わる頃だった。


「エイリック、おはよう」

「サクラ……眠れなかったんじゃないのか? まだ寝ていても良いんだ」


目の下にくっきりと紫のクマが見えている。エイリックは一睡もしていないようだ。


「今日は、湖へ連れて行って。私、不可思議な屋敷の原因が分かった気がする」

「サクラ、もう分かったというのか。分かった、食事を済ませたらすぐに向かおう」


エイリックの顔色が、心なしか明るくなったようだ。


***


湖までは意外と時間が掛かった。

近そうに見えていても、実際歩くとなると違った。下生えが蔓延り、草が足にまとわりつくので、歩きにくい。


「道はこまめに草を刈っているんだが、すぐにこうなってしまう。やはり魔の影響か……」

「そうだと思うよ。植物はどう? 魔物化していない?」


「今のところは見つかっていない。ミクロン諸島では、海藻が魔物化していたのだが……ここでは魔の性質が違うようなんだ」

「エイリック。朱雀が昨日言ったの。魔は、思念を食べて変化するって」

「……どういうことだ?」


エイリックと話しているうちに林の中に足を踏み入れていた。

草が腰の高さにまで伸びて、どこからが湖なのかわかりにくい。


「ここで待っていなさい、今草を刈る」


三十センチほどの幅に草を刈りながら、エイリックが進んで行く。

朱雀が《燃やすが?》と、怖いことを言い始めた。


「だめ。周りが火の海になったらどうするの」

《時間がかかりすぎるよ、湖のそばまで転移した方が早くない?》

「そうだわ! エイリック」


エイリックには打ち明けても大丈夫だろう。私の転移は見えている範囲しか行けないけど、これくらいならいける。

ポンタの転移はダメだ。あれが知られてしまえば、きっとポンタは――いくらエイリックでも……。


「なんだ?」

「私、少しの距離なら転移できる。やってみようか?」

「そうなのか? でもサクラは浄化と治癒が使えて……転移まで……」

「あとで教えるから、今は私に任せて」

「……」


転移で湖の畔に立った。

湖の縁は砂利になっていて、草はほとんど生えていない。

水は綺麗に澄んでいたが、虹色に輝く油のようなものが左側の水面を覆っていた。だけど――湖の右側には、魔が浮かんでいないのはなぜだろう。


「魔、だな」

「魔よね」


エイリックも同じものを以前見ていたのだ。すぐに確信したようだ。


「水からすくい取れば、すぐに使える精製された魔のようだ。これなら王も喜ばれるだろう」


「――だが、船が必要だ」今後のことを考えているのだろう。エイリックは湖を見ながらブツブツと独り言をつぶやいている。


私と朱雀、そしてポンタはそれどころではなかった。

湖には異様な気配が漂っているのだ。

エイリックはまだ気付いたいないようだ。


――ここにいては危険かも。


あの巨大なミズチのような気配が、ゆっくりとこちらを目指して近づいてくる。

私は、考え事をしているエイリックの腕を掴み、後ろにぐいっと引っ張った。

そこに大きな水柱が立ち上がり、今までエイリックがいた所にザブンと落ちたのだ。


「な、なんだ!」

《水の……精……ニクスって、喋ってらよ》


朱雀はここの魔物の言葉が分かるらしい。

ニクスはエイリックの属性に引きずられてきたという。

そうだった。エイリックは水の属性だった。

ニクスの言葉を朱雀が通訳し、さらに私がそれを分かりやすく言い換えるのを、尻もちをついたままエイリックは、目を白黒させて聞いていた。


「えーと、つまりは、ここには他にも魔物がいる。そう言っている。ニクスが言うには、魔を食べて分解する魔物だそうよ。ニクスが一生懸命綺麗にしているのに、勝手にばくばく食べて外へ出て行くんですって」


「結構長く話していたようだが、それだけ?」


そうなのだ。朱雀の言葉は『んだっきゃ』とか『ほったらごと』などと、方言が挟まるので長く感じる。


「ん、要約すればこんなものよ。だけど、バンシーっていう魔物は”おとぎ話が形を取った厄介なもの”だわ。浄化しても復活してしまう」


「君の浄化でも効かないとなると……どうすれば良いんだ」

《わの浄火だば、効ぐ》

「でも、朱雀のは、火事になってしまう。使ってはだめ」


《外に、誘き出せば良いんじゃないかな。サクラ、ボクがやる。やらせて!》

「だが、その魔を食べる魔物は、今はどこにいる?」


エイリックはもっともな疑問を口にした。

そうだった。元々の魔物って今はどこに隠れているの?


《ニクスが、そごさいるでばって喋ってら》


皆がぎくりとして足元を見ると、小さな虫が水辺にうようよ蠢いていたのだ。

そのうちの一匹がエイリックの手に飛びつく。呆然としているエイリックの頭から、もやもやとしたものが立ち上がり、巨大な魚が空中に姿を現し始めた。


「グロース……?」

「エイリック! グロースって何?」

「ああ、グロースはミクロン諸島で仲良くなった魔物だ。ここにいるはずがない……のだが……」


そうか。この虫の魔物は、思念を形にする魔物だ。エイリックの思念を食べた……の?


「分かったわ。きっと屋敷の使用人にもこの虫に食いつかれた人がいる。その人の思念が毎晩表れていたのではないかしら」


エイリックは素早く手に食いついた虫を払いのけ足で踏み潰す。

ギュッ、という音がして、巨大な魚がしゅーっと消え失せた。


「ここの草が気になる。使用人の探索はあとだ。原因がサクラのお陰で判明したのだ。そうなれば、ここの草もきっと取り憑かれているはずだ」

「草が? まさか……」

《いんや、草の根っこさいる! 燃やすしかねべ!》


――朱雀ったら……。


「朱雀は、燃やせば良いと言っているのか? サクラ」

「ええ、だけど、危険ではないかしら」

「朱雀。どうか燃やして欲しい。ここは水辺だ。大丈夫だから」


《まがへろ!》


朱雀が翼を広げた瞬間、足もとの草むらから、ぼうっと赤い炎が噴き上がった。

炎は地を這いメラメラと燃え広がっていく。草はふつうならこんなに燃えないはずだ。だけどここの草は、まるで藁束のように簡単に火が移りもうもうと燃えていく。


私の顔に熱気がぶわっと押し寄せ、思わず顔をそむけた。

朱雀は火をじっと見つめて、何かを操作しているように、ときおり嘴をパクッと開いたり閉じたりしていた。

草はその度に土から抜き取られ根から、ギュッ、キュッという音が聞こえた。

私が思っていたよりも、朱雀の魔法は何倍も繊細だった。


「……すごい。これが朱雀の浄火か」


エイリックは羨ましそうに、朱雀を見つめていた。

やがて炎は、自ら消えるように鎮火した。まるで「これでいい」と火自身が納得したかのような消え方だった。

焦げ臭かった空気が、風に流され薄まっていく。


《どんだ、いぐねが》

「うん、じゅうぶんだね。ありがとう朱雀」


私は、湖を振り返って、ニクスという精霊に声を掛けた。


「ニクス。そこの虹色の魔、分けてもらえないかしら。少しずつで構わないから、エイリックに分けてあげて」


水の精霊ニクスが了承したのか、水際に虹色の水を集め始めた。


「ポンタ、空間庫に入れてくれる?」

《まっかせて!》


水際には、まだ蠢く魔物の虫はいるだろうが、生態が分かれば対処出来るようになる。


「おそろしい魔物ではなかった。ただ、はた迷惑ではあるが」


エイリックは朗らかに笑いながら言った。

今までの杞憂が一気に解けて、晴れ晴れとしている。


――良かったね、エイリック。


私は、魔物ってなんだろうと考える。

虫の魔物もそうだけど、水の精霊だと自ら名乗るニクスも、実は魔物だ。

朱雀も、ポンタだってそうなのだ。

草には成長したいという思念があったのだろうか。

そして水には、綺麗にしたいという思念があるとしたら――ニクスは思念の魔物……ということにはならないだろうか。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ