15 エイリック
ボボの家臣が転移で迎えに来た。
エイリックとボボは、ボボの国ミクロン諸島の親島へ転移してきた。
親島は、諸島の中で一番大きな島で王宮がある島だ。
島は穏やかで住民もおおらかだ。気温は確かに暑いが、海風が吹き抜けるお陰で過ごしやすい。
砂漠の国ユーフラティア帝国とはまったく違う種類の暑さだった。
「大きなハリケーンが来るから、建物は丈夫になっているだす」
建物は太い木で組まれていて屋根は、平たい石が乗せてあった。
風に飛ばされないための工夫のようだ。
「この島から船で三日ほど北へ行けば問題の海域へ行けるだす」
「まずはそこへ行って見よう。どのような魔物がいるか調べたい」
ボボの家臣にも十人ほど、魔法が使えるようだが、ほとんどが水の属性だった。
そこでエイリックは、ボボに進言する。水魔法には、他にも有効的な使い方があると。
「本当ですか! でも、魔物がいなければ、強くなれないのでは?」
「いや、それは間違いだ。魔法を使いきって何度も練習しているうちにレベルが上がる。そう今は認識している」
これも、サクラの受け売りだった。
――サクラのお陰で今までの常識がぐるりと変わってしまったな。
ひたすら間違った教えを、唯々諾々とこなしてきた自分自身に、エイリックは腹が立ってきた。
「帝国は、我々に嘘を言っていた。我々は、騙されていた。もう、帝国の教えは忘れたまえ」
つい強い口調で、ボボの家臣に薫陶を垂れていた。
あとで恥ずかしくなってしまったエイリックはボボに謝った。
「いや、いいんだす。おいも腹に据えかねていただす。おいの国から、大金をせしめ、今まで何人の生徒たちが帰ってこなかったか。父上がこの事を知って同じように怒りを顕わにしていただす」
ボボは、エイリックから魔法についての見解を聞き、自分でも試してみた。
魔は受取ったが、スキルが身に付く前に帰ってきてしまったボボだった。
あとから判明したが、授かったスキルは鑑定だったそうだ。
鑑定は珍しい。この事が知られる前に、いち早く帰国したのは賢明だったとボボは今更ながら感じた。
帝国は例え王子でも、取り込むかもしれなかったからだ。
国力が小さいと、馬鹿にされてきた過去があった。
「これから魔の海域へ行くだす」
魔の海域とは上手く名付けたものだとエイリックは思った。
小さな船で、島から島へと渡り、三日がかりで件の魔の海域の島に着いた。
小さな島で住民はいない。島を歩いて回れば三時間で回りきってしまうだろう。
総勢二十人できた調査隊は、初めに拠点を立てた。
彼らは、椰子の葉や枝を組み合わせて、器用に仮住まいを整え始めた。
島の中でもやや小高い場所へ行き、北を望めば大陸がぼんやりと見える。
ここからならすぐに行き着けるのではと思えるほど近く感じる。
「太古には、大陸と地続きだったと言われていたのにも頷けるな」
この海域の水深は浅い。
おもりを付けた紐を沈めて水深はせいぜい三十メートルほどだった。
これなら何とかなるのではないのか。
船に乗りながらの調査は時間が掛かった。
たまに巨大な魚影が横切る。ギョッとするが、襲っては来なかった。
「ここの魚は、凶暴だと聞いたが。襲ってこないな」
「腹が減っていなかったんでしょう。魔物でも生き物だ。腹が減らなければ気持ちも落ち着くんでしょうな」
そう言うものだろうか。それとも、海の生き物……魔物は違う性質なのかもしれない。
島の北側の一角に海藻が纏って生えている場所がある。
波に打ち上げられた海藻を見せてもらったが、あり得ないほど大きかった。
長さは二十メートル、幅二メートルほどで平たい海藻だった。
「これはハリケーンのおり、打ち上げられたんだと思います。普通は採って来れません。近づけば巻き付き、海に引き込まれてしまいます」
この大きさなら、船はいちころだろう。
「この海藻が生えている場所に案内してくれないか?」
「そっ! 危険です。無理です」
「いや近くまででいいんだ海の水を見るだけだから」
「……はい承知しました」
渋々と家臣たちが了承した。エイリックには心当たりがあった。
精錬された魔をエイリックは持ってきていた。王に調べてもらったが、この魔は、水に浮くのだ。もしかすれば、魔が海面に浮いているかもしれない。
凪の海は太陽に輝き、南国の海らしいトルコブルーが美しかった。
だがその中で一カ所だけ色が違っていた。船は、その黒ずんだ海域を目指す。近づくほどに海面がぬるりとした何かが覆っているのが分かる。
虹色に膜が張っているのだ。
「ここでいい。碇を降ろしてくれ」
エイリックは表面を覆っている虹色の膜を掬ってみる。
さらりとしているようで手に粘り着く感触があった。
「これは……精製された魔ではないか! 皆でこれを掬って欲しい。多少水を一緒に掬っても構わない」
大量の海水と一緒に取り込んだ魔は、樽に入れ上澄みだけを丁寧に掬うと二リットルほどになった。
「これが精製された魔だとすれば、いったい何人分に相当するだす?」
「私達が与えられた魔はコップ半分ほどだった。二十人分ほどになるか」
十分である。海へ行って掬ってくるだけでいいのだ。魔物を退治する必要もない。
だがなぜ精製された状態で見つかったのか。
エイリックはあの海藻のお陰ではないかと仮説を立てた。
海藻の生える海底に魔が湧き出す穴があるに違いない。海藻がそれを取り込み魔物化し。雑味を吸い取ったのではないか。
「精製された魔は、無味無臭。これは非常に安全だと言える」
エイリックに、魔を取り込むように言われた兵達は、真剣な面持ちで一人一人飲み込んでいく。
「今すぐには魔は馴染まないと思う、日が経つうちに、段々と馴染む。その際心にいつも思い浮かべてもらいたい。「これが欲しい」と」
サクラに言われていたように、”魔は必要だと思う物が身に付く”という仮説を今試しているのだ。
***
ミクロン諸島には兵という概念は、元はなかった。
敵対する国は近くには存在しない。だが世界に目を広げ始めたとき、帝国という大きな国があり、そこには魔法という未知なる技能があったと分かったのだ。
それからは、自分達がいかに弱い存在かと意識するようになった。
魔を買い、身につけるためにはお金がかかる。
さしたる産業もなかった、彼らにとっては大変高価な物だった。
今、それを自国で賄うことができた。
他国へ売るなどは無理だが、自国民に与えるには十分すぎる量が採れたのだ。
この後ミクロン諸島から帝国へ行く者がいなくなる。
王は、国民が、希少な魔法を有すれば、人的な資源になると考えた。
「ボボ、其方の時代は明るいぞ」
「そうだすか。エイリックと出会えただけでも、帝国に金を払った価値があっただす」
***
エイリックは、今ミクロン諸島の北に位置する魔の海域に滞在している。
例の小さな島だ。
彼は、一度見た巨大な魚が気になっていた。
「なぜ襲ってこない?」
海藻は非常に危険だった。一度近くに寄りすぎて死ぬ思いをしたのだ。
彼の熱闘魔法でなんとか逃げおおせたのだが……。
エイリックが助かったのにはもう一つの要因があった。それがあの巨大な魚だった。
「あれからは、殺気が感じられなかった」
むしろ助けようとしてくれたのだ。身を挺してエイリックを海面に押し上げてくれたのだから。
僅かに気持ちが通じた感覚さえした。
エイリックを船に引っ張り上げてくれた兵士は「あれは巨大な”マンタ”だろう」と言った。
平たい見た目の、尻尾が長い魚、マンタ。
あまりにも大きなその魚は、尻尾を入れると十メートルは超えているだろう。
「また、会うことが出来るだろうか……」
エイリックには、ある仮説が立っている。
この海域には精製された魔が漂っている。海が荒れればすぐに散ってしまうため僅かしか採ることは出来ないが、もしかすると、精製された魔を取り込んだ魚が、あれなのではないのか。
雑味がなくなった魔は危険がないことは知られている。
精製された魔を運良く取り込んだ海の生き物が他にもいるに違いない。




