12 エイリックの帰国
私はひたすら、エイリックの無事を願った。
彼が帰国するという日、なぜか涙が溢れ出て、エイリックに縋り付いて「行かないで」と叫びそうになった。
でも、それは言ってはいけない言葉だ。
彼には、彼が決めた信念がある。
王に、魔法のこれからの可能性と、帝国が隠しているかも知れない真実を告げる使命があるのだ。
*
あの、討伐があったあとに、私達はもう一度砂漠へ行ってみたのだ。
二人だけであの一帯を探し回り、見つけたのだ。魔が湧き出す岩穴を。
岩の中にはたくさんの小動物もいて、次々に黒い泥に飛び込んでいた。
それらは、魔物に変化した。
エイリックと私は魔物を倒しながらその泥を観察していた。
魔物になりたてのものは、私でも簡単に倒せる。
小さなトカゲが、三十センチほどに大きくなって泥から這い上がってくるのだ。
それを素早く倒していった。
しばらくすると、黒かった泥が透明に変わり始めた。
「これは精製された、魔ではないか!」
私達は、急に息苦しくなって洞窟を飛び出した。
「エイリック、何も臭わないけど、もしかしてガスが発生したのかも。火打ち石持っている?」
離れた所から火を投げ込むとボンッと音がして焦げ臭い匂いが漂った。
この匂いには覚えがある。火の神殿で嗅いだ臭いだった。
私達は、帝国が隠していた精製のなぞもあっさり解いてしまったのだ。
エイリックは精製されて、少なくなった魔をすくい、水筒に移し取った。
「これを本国へ持って帰り国王に見せなければならない」
彼はそう言って早速帰国の手続をしたのだ。
*
魔物を倒しても私の治癒は成長していない。
以前、スキルを気絶するまで使ったら浄化が治癒に成長したのだ。
つまり――成長の条件は「魔物討伐」ではない。
「これでハッキリした。魔物を倒したからと言ってレベルは上がらないことが」
帝国は、この事実も隠蔽しているに違いない。
帝国の上層部は、新兵を使い潰すために真実を隠しているようだ。
魔物は、確かに脅威だろう。
でも、他国からお金を受け取り、子供たちを教育しているはずが、真実を隠し、あまつさえ、危険に晒すだなんて……非道だ。
嫌な感じだ。自分たちのいいように事実を曲げて、ふんぞり返っている。
女性は、特別枠だと称してさらに高い金を要求している。
女性の魔を授かった人達は、魔物を倒さなくてもスキルが使える。
この事実を誰もおかしいとは考え無かったのか。
「そういえば……情報をやりとりできないように、子ども達は隔離されてもいた」
なぜ、こんな回りくどいことをするのか。
答えはすぐに出た。あまりにも簡単に魔を取り入れることができるからだ。
この事実が明るみに出れば、魔の価値が下がるからだろう。
死んでしまった新兵の姿がフラッシュバックして、身体に悪寒が走る。
目を見開いたままぴくりとも動かず、横たわった姿……。
まだトラウマが抜けきっていないようだ。
あの光景を作り出した制度に、腹の底から怒りがこみ上げてくる。
だけど、私一人でなにができるというの。エイリックは帰ってしまった……。
「私も帰りたい」
私の傍にはポンタが寝そべっていた。狭い宿舎の中の真ん中で大の字になって寝ている。
「ポンタ、お前はここに置いていくしかないわね」
そう、ぽつりとこぼすと、ポンタは跳ね起きて叫んだ。
《ダメ! ボクも日本へ帰る》
「え、ええーーー!」
***
《ボク! 魔物じゃないからね。だから殺さないで、サクラ》
――な、なんなのーこれっ!
壁伝いに精一杯お腹を引っ込めてつま先立ちして、ポンタからなるべく遠ざかり、扉までやっと辿り付く。
でもポンタはぴょんとひとっ飛びして扉の前に陣取った。
「ひっ!」
《だからーっ。ボクは良い魔なんだってば。ほら、見て見て、魔法だって使える。すごいでしょう》
そう言ってポンタは水をちょろりと出して見せた。
「確かにすごいかも。えーと、魔物ではなく獣で、魔法が使えるということよね。でも、「良い魔」って何よ。やっぱり魔物じゃないの」
《魔物とは違う。ボクにはちゃんと自我があるし、魔法も使えるし、きっと君の役に立つ。だからボクを日本へ連れて行って、ね、お願い》
ちっちゃな手を合わせてお願いする姿は可愛かった。
私は少しだけクスッと笑い、その場にゆっくり座った。
「ねえ、日本って何?」
《え、サクラは日本人だろう……ああ、そうか、ここは異世界だった。じゃあ、サクラの国はなんて名前?》
「ヤマタイラ国って言うのよ。ずーっと東の端っこ。ここからは転移でないとすごく時間が掛かるの。転移は一人分だけしか空きがない。だからポンタは連れて行けないのよ」
《転移か! 良し頑張って練習してみる!》
ポンタは転移ができてしまったけど……数メートルまでだった。
《時間を掛ければ何とかなりそうなんだけど》
そう言って項垂れている。
毛のない、ネズミのような尻尾がふにょんと揺れて、丸く黒い耳がピルピルと動く。
ポンタは普通のオポッサムとは毛色が違うようだ。灰色の部分がなく真っ白で耳だけが黒かった。
手と足と鼻がピンク色をしていて鼻はやや尖っている。
ネズミにも似ているなと、こっそり思った。
ネズミは苦手だったけど、ポンタは可愛かった。
ポンタを連れ帰るのは無理だろう。私は帰国の手続をした。
生き物は多分検閲に引っかかる。ヤマタイラ国にはまだ厳しくはないけど帝国では厳しいと聞く。
「多分、魔物や魔の流出を恐れているのではないかしら」
私の疑り深さのだけではないはずだ。
兵たちに別れを告げるときが迫ってきたある日、隊長から呼び出された。
「サクラ・マミヤ。君は魔が馴染んだか? スキルの申告がまだのようだが」
「え、スキルはまだ身に付いていないみたいです」
エイリックに言われたように嘘をつく。スキルが身に付くのは、普通は一年以上かかるから問題はないだろうと言われていたのだ。
だが、この隊長は食い下がってくる。
「スキルも身に付いていないまま国へ帰るのか? あと一年頑張ってみなさい」
隊長は、きっと、善意から言っているのだろう。でも、私は、一刻も早く国へ帰りたかった。ついまた嘘を重ねてしまった。
「多分、水か何かの魔法が使えるんではないかなーっと、思います」
「なにかとはなんだ? まあ、いい。、明日、見せてもらおう。他にもここを退員する新兵がいる。一緒に見せてもらう。確認の為だ、他意は無いのだよ」
もう! これじゃあ、治癒が使えるってバレてしまう! どうしよう。
ガックリと項垂れて部屋へ戻る。
「嘘が下手すぎ。別の方法があったかもしれないのに」
そうよ、例えば、体力がついて行けないとか。親の体調が思わしくないとか。もっと他にも沢山あったはず。
今更気が付いてももう遅い……。
《サクラ、どうしたの。元気ないね》
「明日魔法を見せれば、帰国させてやるって言われたけど、私の魔法を見せれば、帰れなくなる……」
《なんで、治癒は良い魔法でしょう》
「良い魔法過ぎて、この国に取り込まれてしまうんですって」
《じゃあ、日本、じゃないや、ヤマタイラ国へはいけなくなっちゃうの!》
「ええ、どちらにしても、ポンタは無理だよ。この国の検閲に引っかかるから」
《エエーッ》
***
ボクは一生懸命考えた。
サクラ→治癒魔法使う→帰れない→ボクも日本へ行けない!
魔法か。魔法がしょぼかったらいいのかな?
サクラがほかの魔法を使えればいいんじゃないか!
***
《サクラ、他の魔法は練習した?》
「人間は一つしかスキルは使えないの。そういうことになって……」
え、これって、帝国での教えだった。本当にそうなのかしら。
でも、二つ以上使える人は見たことがなかった。本当にそう言える?
私は庶民だった。魔法が使える人を見たのは転移の時が初めてだった。
もしかしたらこっそり隠している人が、いるかもしれないじゃない。
私がおかしいと思うくらいだ。
もっと他にもそう思った人がいるかもしれないのだ。
水魔法とか、転移でもいい。
確かに有効で希少な魔法だが、転移はどこの国にも使える人がいるのだから。
ポンタはなぜか魔法のことをいっぱい知っていた。使えないけど。
《これくらいゲームで鍛えているから簡単さ》
よく分からない理論だったが、とにかくポンタに教わることにしたのだ。
付け焼き刃で構わない。誰でも使える魔法なら何でもいいのだ。
《身体にぐぐっと力を込めれば強くなれる》
「ぐぐぐっ……」
ポンタは説明がイマイチだった。
「ポンタ、水はどうやって出せたの?」
《水よ出ろ。だよ》
「なるほど……水よ出ろ、ね」
私の理論とは微妙にずれていた。私が発見したのは必要に迫られて身に付くというものだったからだ。
ッ! 帰りたいと思えばいいのでは?
念を込めて、目を閉じ浄化の時のように、手を何となくかざしてみた。
なんと! 転移ができてしまった。
ピカッと光ったと思ったら、私の身体が移動していたのだ。
一メートルだけだけど。これで十分だった。
翌日の魔法のお披露目で、転移をしてみせると、隊長は苦笑しながら、「良かったなと」言ってくれた。
一メートルしかできない転移など、どこの国でも欲しがらないものなのだろう。
――でも、これだって使い続ければ成長するはずよ。
私も胸をなで下ろした。
私と一緒に魔法を披露した新兵は二人いて、彼らは身体強化と土魔法ができていた。結構希少なスキルだ。
それでも国へ帰れるらしい。良かったね。
***
大変だ! ボクをおいてサクラは帰ろうとしている。
何か考えなければ……。
そうだ、見つからなければいいんだ。
ボクは、闇に身を隠す魔法を練習した。
流石、ボクって天才。何でも出来てしまう。最高だね!




