変化と勇者
「こんなの、あんまりだぁ……」
結局、王女によって踏みつぶされた影人間はあとかたもなく消え去ってしまった。
しばらく錯乱して泣き喚いていた俺だったが、騒ぎ疲れたこともあって今は落ち着いてきた。
「……傷心のところ悪いが、状況は芳しくないぞ」
「は?」
王女の言葉に思わず顔をあげると、王女が入ってきた広間の隙間から巨大な瞳がこちらを覗きこんでいることに気が付く。王女はこちらを向いているためその巨大な眼には気が付いていない。
丁度その巨大な瞳と視線が合ってしまった。
「ぁうわああああああぁ!!!」
馬鹿みたいに大きな悲鳴をあげてしまった俺を王女は怪訝な表情で見る。巨大な瞳は音もなく消えてしまい、王女が振り返った時には広間の扉が少しだけ開いているという一見何でもないような様子だ。
「……何か居たのか?」
「い、今でっかい眼玉がこっち見つめてきてたんだが……」
「ほう……ならば魔物がいるのは間違いないようだな」
微妙に隙間があいているのはなんだか怖いのでぴったりと扉を閉めた。光が差し込む巨大なガラスの窓もカーテンを引いて閉め切る。これで目玉の化け物は中が見れない……筈だ。
「エミリアは?」
「わからん」
「……おいいいい!!! さっき様子見に言ってたんじゃなかったのかよ!?」
「……ふむ、私が見た限り屋敷に変化は無かったが、外には出られなかったな」
「それは変化がないとは言わないと思うんだ……まさか、閉じ込められたんじゃないよね?」
「そのまさか……であるのは間違いない。わからないと言っているのは相手の正体の事だ」
「目玉しか見えなかったんだけどあれは相当大きいんじゃないか?」
大広間の扉は王女や俺の身長よりもはるかに巨大だ。隙間から見えた瞳はその扉に匹敵する大きさだった。つまり本体はもっと大きいと言うことになる。
「……そうとは限らぬだろう」
王女は部屋に置かれたギロチンを弄りながら静かに口を開く。
「なんでだよ」
「ここは、様相こそ私の屋敷だが全く異なる場所のようだ。おそらく外界とは隔離された異空間なのだろう……我々は敵の手の中にいると言っても過言ではない。
姿形を初め、力の強弱も今は敵の思い通りだと思った方がよいぞ……」
「異空間?」
「先程貴様が閉め切った窓だが……外の景色はどうであった?」
「は?え……たしか、森が見えたような……」
改めて言われると曖昧なんだが、確かさっきカーテンを引いた時に青々とした森林が目に入った気がした……たぶん。
「ほう……本当にそうだったか?」
王女は笑みを浮かべながら、締め切ったカーテンに手をかけると勢いよくそれを開け放った。突如外から明かりが差し込み、俺はたまらず目を細める。視界に飛び込んできたのは太陽の光に照らされて緑に輝く木々達……
「やっぱり、森じゃないか……」
「なぜ、こんな景色が見えるのであろうな?―――外は霧がかかっているはずなのに」
「…………」
確かに今日は空が曇っていたから、こんなにギラギラと太陽の光が射しているわけがない。
「急に空が晴れたとかじゃない?」
俺の軽口に王女は何ら反応を示さない。そりゃそうだ、いくらギロチンをこの部屋に運んでいたと言ってもこんなに太陽が昇るほど時間をかけたつもりは無い。
「まあ、この屋敷がおかしいのは分かったけど……どうするつもりなんだよ?」
「……慌てる必要はあるまい、こちらが動かなくても、そのうちあちらから襲ってくるのだからな」
そう言うと王女は窓から離れギロチンに近づくと、痛みの激しい個所を確認し始める。ったく、…………命が狙われているってのに…………
自然に口の端がつり上がるのを感じながら俺は視線を窓から見える森から離さずに前から王女へと言いたかったことを口にした。
「……俺は魔物について良く知らないし……知りたいとも思ってない。魔王族が兄弟同士で王位継承だか何だか知らないが、争ってるって言うのにも口を出す気は無いしそんな権利もないと思ってる」
王女から反応は無い。
「でもな……こうやって訳も分からずに巻き込まれるのはもうたくさんだ……」
そう言って振り向くと、こちらには目も向けずにギロチンに前で腕を組む王女がいた。しかし俺が振り返ったことが分かったのか、ギロチンから目を離すことなく王女は呟く。
「何が言いたい」
王女の声には注意していなければ分からないくらいにだが戸惑いの色が見える。こちらの言葉の意図を量りかねているのだろう。……本当に、どうして魔王族の王女が俺なんか下僕にしたんだろうな……
小さくため息をついた俺は、静かに手を持ちあげて王女の問いに答えた。
「……つまり俺が言いたいのは……巻き込むなら変に隠さないで事情を話せって事だよっ!!!―――威光」
小さく詠唱して魔法を展開させた俺は王女のいる方に魔法を放った。
勇者久方ぶりに魔法を使う…の巻でした。
このような駄文をお読みいただきありがとうございます。




