淫魔と勇者
『我が愛しの娘であり、魔王族第二王女レイミール、今回このような文をお前に送ったのには少し訳がある。何やらお前の行いについて魔物達のうわさを耳にした。お前に急ぎ伝えたいことがある故、この手紙を見たらすぐに魔王城に来てもらいたい。 魔王より』
王女は一人残った魔王の間で自分に送られてきた手紙をもう一度確認する。
「……確かに勇者についてとは書いていないな。私の勘違いか」
手紙を元に戻し、懐にしまった王女の頭に先程の魔王の言葉が甦る。
『はぁ~、最近めっきり勇者とか来ないよなぁ~』
これが少しだけ頭に引っかかっている。勇者が魔王と争ったのはおよそ一か月前。それほど昔のことでも無い。となると……考えられるのは
王女はゆっくりとその場を立ち上がった。
***
勢いよく部屋の壁に押し付けられる。痛みで顔を歪めれば、少しだけ熱っぽさを含んだ声が聞こえてくる。
「あら、近くで見ても良い男ね」
俺を押さえつけている相手を睨みつけると、そこには涼しげな眼差しの一人の女性が微笑んでいた。だがその笑みを見て急に体に力が入らなくなる。誰かに体の中から力が奪い取られるようなそんな感覚だ。
「なっ!?……お前はっ」
「珍しく、人間の男がいると思ったけど……うふふ、私の名前はルシエール。今から私と良いことしましょう?」
「!!がはっ……」
ルシエールと名乗った彼女は女とは思えない力で俺を思い切り引っ張り、薄暗い部屋に端にあったベットへと俺を押し倒す。……ちょっと待て……つまりこれは……
「貞操の危機って奴か!?」
「……自我も無くなる程の快楽を、ア・ゲ・ル」
倒れた俺の耳元でルシエールは呟いた。その時彼女の熱い吐息が首筋にかかり俺の体が意思とは関係なしに跳ねた。ルシエールが腕を俺の体に回してくる。
「や……やめろ!!」
俺は体を密着させて妖艶に笑うルシエールを押しのけようと手を動かすが、手首をルシエールに掴まれ、ピクリとも動かせなくなる。おかしい。この程度なら振り払えないはずがないのに、力が抜けたようにピクリとも動かせなかった。
「あら、無駄な抵抗はおやめなさい。ほら……これでもう動けないでしょ?」
背に回された腕に力がこめられる。と俺の体から完全に力が抜けてしまった。言葉を紡ごうとしても声が出せずパクパクと口が動くだけ。
「さ、楽しみましょうか?」
薄らと目を細めルシエールは笑う。
***
「この量でこの値段ですか。少し高すぎるのでは?」
エミリアは店主を睨みつける。だいぶ長いことこのやり取りが行われているのだが、エミリアは気が付いていない。店主もほとほと困り顔だ……
「ってもねえ……こりゃかなりの上物だぜぃ?」
「だったらなんだと言うのですか?この量ならこの値段でしょうに!!」
「なんべん言われても値段を下げるつもりはない!!」
「何と強情な……この店が違法な値段で商売をしていると周りに言い触らしても良いのですか?」
「お前こそ強情だろうが!!」
ほとんど表情を変えないエミリアと青筋がいくつも浮かんでいる店主。どちらも自分の意見を曲げる気はないようだ。エミリアは小さくため息を吐くと自分の連れに声をかけながら振り返る。
「これでは埒が明きません……そろそろ私達も魔王城に戻り……?」
エミリアが振り向くとそこには誰もいない。いるはずの勇者がいないのだ。赤い瞳が一瞬、動揺の色を見せるが、すぐに落ち着いた様子で店の主人に口を開く。
「ここにいた男がどこに行ったか見ていませんでしたか?」
彼女の問いに店主は「知らないねぇ~」と興味もなさそうに答える。店主の体は人のそれではない。ずんぐりとした体にはこれでもかというほどの目玉が付いている。その目玉はそれぞれがぎょろぎょろとあちらこちらを見つめている。仮にエミリアと話をしていても周りの状況は見えていたはずだ。しかし店主はわざとらしくかぶりを振ると、エミリアに背を向ける。その背にも眼玉が付いている。 エミリアはそんな店主の態度にすっと目を細めた。
「そうですか……それは残念です」
直後エミリアの前に存在したはずの店は消し飛んだ。
「仮に知らなかったのだとしても……今の態度は頂けませんね」
瓦礫の燃える様子を見ながらエミリアは小さく呟く。薄暗い魔王領の街が燃え上がる炎によってしばらくの間、照らされている。
「さて……どうしたものでしょうか」
エミリアはきょろきょろとあたりを見回すが、何も手掛かりがない。ほとほと困った。本当に何もないのだ。これはもう、手当たり次第に街を探していくしかなさそうだ。
「……面倒ですが……仕方ありませんか」
エミリアは溜息を吐いた。
色々とどうしよう……




