魔王城と勇者 中編
「オカアサーン……ニンゲンコロシニイッテクルネェ」
「ユウハンマデニハカエルノヨ~」
「キョウノユウハンナニ~?」
「コンヤハアナタノコウブツのヒトノノウミソステーキヨォ」
「ワーイ!!ジャアイッテキマアス!!」
和やかな会話が親子の間でなされている。ここは魔王領。その一角に一匹の巨大な竜が舞い降りた。
「……死ぬかと思った」
本当に……途中で落ちそうになった時は心臓が止まるかと思ったね。ってか、久しぶりに魔王領の様子を見たけど……前よりまがまがしい雰囲気が強くなっている気がする。
「ふむ、では行くか」
少し先には、真っ黒い影の様な城。魔王城がそびえたっている。何度見ても気味が悪い城だ。そこに今から向かおうというのである。溜息を吐いても許されるだろう。
「お嬢様、この男は原則魔王城に入ることは許されておりませんが?」
と背後からエミリアの声が聞こえる。思い切り振りかえればそこにはいつもの使用人姿をしたエミリアが立っていた。濃紺の髪に赤い瞳、いつも通りだ。エミリアの言葉に王女は静かに魔王城を見ながら返す。
「……検問官に許しをもらえばよかろう」
はい出ましたよ……何か危なそうな単語が……検問官? 聞いただけで宜しくない感じがバンバンする。どうしよう……今すぐ逃げ出してしまいたい。でもさすがにこの状況で一人で逃げだすほど俺も馬鹿じゃない。こんな丸腰状態で魔王領を徘徊するなんて自殺行為だ。完全武装した兵士が集団で魔王領に向かっても自殺行為と言われてしまうのだから。
「検問官って具体的に何するの?」
前に魔王城に忍び込んだ時、検問官となんてわざわざ会ってないから検問官が一体何なのか全く分からない。そもそも存在自体知らなかった。まあ、検問官って言っても魔王の娘と一緒ならフリーパスなんだろうけど……
「検問官とは、魔王城に入城する者を身元、所持品、用件を全て調べ上げる者だ。仮に魔王族であろうとも、入城にふさわしくないと見なされれば殺されることもある」
……マジで。
***
脂汗が尋常でないほど流れ出てきているのは置いといてだ……殺されるってちょっと過激すぎやしないか?俺の不安をよそに王女は迷いのない動きで魔王城の正面の巨大な門の前までやってくる。
その前には、巨大で見るに堪えない程不気味な魔物がいる。俺達のいるところから数段高いところに置かれた椅子に座っているので見上げる形になっているが何とも気味が悪い。蟇蛙を捻りつぶした後、風船のように空気で体を膨らませたようだ。貴族の様な黒い服を身につけているがあまりにも醜いので滑稽である。そんな魔物は緩慢な動きで、寄りかかっていたイスの背もたれから体を起こすと王女に視線を向けた。何とも面倒くさそうである。
「……本日はどのようなご用件ですかな、黒の王女殿」
「魔王に呼ばれて参りました。勇者の件について話をするためです」
……衝撃的な光景だ。王女が下手に出ていると言うのが何よりも大きな驚きだが……この蟇蛙、どんだけ偉いんだよ。仮にも魔王の娘が敬語って。
「ほう……勇者ですか。ではそこにいる人間が勇者ということですな」
「そうです」
しれっと彼女は答えているが、俺を見る蟇蛙の目はなんとも恐ろしい。品定めをするような……この蟇蛙の目玉に見られると全てが見透かされてるんじゃないだろうかって思えてくる。
「……分かりました、入城を許可しましょう。しかし、そこの人間……勇者と言いましたか、その者は入城は認められませんな」
認められない!? 何でだ? なんか問題でもあったか? 未だに魔王に復讐してやろうと思ってるのがばれたか?
「理由をうかがってもよろしいですか?」
王女が俺の疑問を代わりに蟇蛙に聞いてくれたのだが、蟇蛙の答えは満足できるものではなかった。
「説明する必要はありません。検問官がそう判断したからです」
何とも傲慢な言い分で締めくくると蟇蛙はまたイスの背もたれにでぇっと寄りかかった。彼が軽く手を上げると重々しい音を立てて、魔王城の門が少しずつ開いていく。王女はもう話をする気はないオーラを隠すことなく出している蟇蛙を見て少しだけ考えるそぶりを見せた後、エミリアの方へと向き直る。
「仕方がないな……エミリア、しばらくそやつと待っていろ」
「しかしお嬢様、」
エミリアの言葉は聞かずに王女は踵を返すと、開いた門の方へと一人で歩いていってしまった。やはり魔王の娘だからか魔王城に入っていく姿はそれは様になっている。
「お嬢様……」
何とも心配そうな表情を浮かべるエミリア。魔王城って言わば王女の実家の様なものだろう?入るだけでどうしてこんなに一苦労しなきゃいけないんだ?魔物の常識はホントによくわからん……まぁ魔王城に入らなくて済んだのは良かった……かな? 魔王の顔を見たらなんか色々とこみ上げてくるものがあるだろうし……最近王女のペースに乗せられて忘れかけてたけど、仲間の仇をとるって決めてるんだよな。それに王から国を救えってことで下された魔王討伐の命もまだ済ませてない。まぁ、王女の話を聞く限り魔王倒しただけじゃ魔物止めるのも国救うのも無理そうだが。
「で……エミリア、どうするんだよ。いつまでもここにいるわけじゃないんだろう?」
「そうですね。しばらくは魔王城下の街で時間でも潰しましょうか?」
「そんな所行ったら俺死ぬんじゃないかな?」
魔物の街だろう? 俺みたいな人間が言っていい場所ではないと思うんだがね。
「私に付いて来て頂ければ大丈夫ですよ」
自分が竜人族だから他の魔物も寄ってはこないと?……ぶっちゃけ、エミリアがいるんだったらあの蟇蛙脅してフリーパス出来ると思うんだよね……無理なのだろうか?
「よろしいですか?私からあまり離れないように。でないと魔物に襲われてしまいますので……」
「……わ、分かりました」
***
俺とエミリアは魔王城下に広がる、魔物達の街にやってきていた。
…………でだ、街に来たのはいいが……魔物達の視線、恐ろしい。
「せっかく魔王領に来たのですからこちらの食材を買って帰りましょう」
「え~……地下の倉庫にあんなにあるのにそれじゃ足りないってのか?」
なぜここまで来て買い物?それも食料品なんてどうでもいいようなもん……
「……お嬢様のどんな要望にも答えられるよう事前に準備しておくのはお嬢様の下臣として当然のことでございます」
当然のことって言われても……地下にある食材で作れない料理ってそうそうないと思うのだが……
両脇に店が立ち並ぶ道をエミリアはスタスタと軽快に歩いていく。俺はその背後を重たい足取りで付いていくが、離れはしないようにそれなりの速さでエミリアを追いかけている。と、エミリアが一つの店の前で立ち止まった。どうやらそこで買い物するらしい。……ちらりと目を向ければ店には奇妙な形の何かが並んでいる。まさかあれは食べ物ではないだろうが……うん、何かの飾りとかだよな……アハハハ。
「……すみません」
心の中で乾いた笑いを出していた俺は、誰かからの呼びかけで我に返る。
「あの……すみません」
女性だろうか……美しいと形容するのがぴったりのその声のする方を見やれば建物のドアが少しだけ開いていて、そこから薄くほっそりとした腕が伸びている。
「風でスカーフが飛んでしまって……すみませんが取って頂けないでしょうか?」
その白い腕の指さす方を見れば道に魔王領には似つかわしくない美しいスカーフが転がっている。まぁ……この時点で普通はおかしいと思うだろうが、と言うか俺も後々おかしいと思ったわけだが、この時俺は何も考えずにそのスカーフを拾ってしまったわけだ。この時の俺は何も考えていなかった。
直後、俺は一瞬にしてその白い腕に建物の中に引きずり込まれた。あまりにも突然のことで俺は声を上げることすら叶わなかった。
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