1-06 毒は飲んで慣れるもの
薬屋のばあちゃんは、注文の品を並べながら、じっとりと俺を見た。
「紫スグリの実、十粒。毒消し草、二十束。解毒薬、三本。……あんた、これ何に使うんだい」
「飲みます」
「どれをだい」
「全部です」
ばあちゃんは深いしわの奥の目を細めて、俺の顔と、左手の刻印を順に見た。
「……呪われた上に、毒を飲むのかい」
「順番に、少しずつですよ。ちゃんと解毒の用意をして」
「近頃の若いもんはわからんね」
そう言いつつ、ばあちゃんは解毒薬をおまけで一本つけてくれた。この街の人は、みんな呆れながら優しい。
――冒険者の死因の上位は、派手なドラゴンのブレスでも魔王の一撃でもない。毒だ。
アルオンの統計でも、初心者エリアの死亡原因の一位は毒持ちの雑魚だった。地味で、確実で、じわじわ来る。だからこそ、対策の価値がある。毒で死ににくい体は、どんな高級装備より安い保険だ。
それに、アルオンには「毒状態の累計時間」で取れる耐性称号があった。
つまり、毒は――飲んで慣れるものである。
手順を説明しよう。
まず紫スグリの実を、皮一枚ぶんだけ齧る。致死量の百分の一以下。隣に毒消し草の煎じ汁と解毒薬を並べ、水を多めに用意し、宿の女将さんに「うめき声がしても夕方までは放っておいてください」と伝えておく。伝えたときの女将さんの顔は、忘れることにする。
齧った。
「……ん」
三十秒ほどで、舌の根が痺れて、腹の底がぐつりと熱くなった。額に汗が滲む。視界の端に、ステータス欄の「状態:毒(微)」の文字。
きつい。きついが、想定の範囲内だ。呼吸を数えて、痛みの波をやり過ごす。一時間耐えて、煎じ汁で解毒。休憩。また一齧り。
ゲームの検証と同じだ。ただし、リスポーンはない。だから刻む幅はゲームの十倍細かく、安全マージンは百倍取る。焦らない。急がない。俺は臆病で慎重な人間なのだ。呪いの森にはうっかり入ったが。
三日目の昼、腹を下しながら迎えた通算十二時間目。
――――――――――
称号「毒に慣れし者」を獲得
効果:毒耐性(小)
状態異常耐性:毒 +5%
――――――――――
「……よし」
よろよろと窓を開けると、午後の風が気持ちよかった。生きている。腹は痛い。でも生きているし、強くなった。
その日の夕方、回復がてらギルドの食堂で粥を頼んでいたら、ソフィさんが仕事の合間にすっ飛んできた。
「ハヤトさん! 薬屋のおばあさんから聞きましたよ! 毒を! 飲んでるって!!」
「飲んでます。計画的に」
「計画的に毒を飲む人がいますか!?」
「ここに」
「威張らないでください!」
ソフィさんはテーブルに手をついて、はーっ、と長い息を吐いた。
「……あのですね。呪いは放置。毒は自分から。私、ハヤトさんの担当として、心配で夜も眠れないんですけど」
「大丈夫です。毒はちゃんと段取りして飲んでますし、解毒の用意も万全です」
「呪いは?」
「聖水は、貯金が貯まったら」
「先週もそう言ってましたよね!?」
「毒草を先に買ったので」
「優先順位!!」
痛いところを突かれた。だが言わせてもらえば、毒草一式は銀貨一枚で、聖水は銀貨五枚だ。五倍である。毒耐性は一生ものだが、解呪は逃げない。家計というものには、順番がある。
「冒険者は、毒で死ぬんです」
俺は粥をすくいながら、ソフィさんに言った。
「ドラゴンより先に、毒で死ぬ。だから備えるんです。備えは、安いうちに買っておくものなので」
「……それは、まあ、正論ですけど」
ソフィさんは不承不承といった顔で頷いて、それから俺の粥に、勝手に卵を追加注文した。
「せめて栄養は摂ってください。……お代は、いいですから」
この街の人は、みんな呆れながら優しい。
卵入りの粥は、腹に染みるほどうまかった。




