1-05 称号は道端に落ちている
アルカディア・オンラインには、膨大な数の「隠し称号」があった。
公式は存在すら告知しない。攻略サイトにも半分しか載らない。取得条件は「それ、誰が見つけたんだよ」と言いたくなるものばかり。そして効果は、涙ぐましいほど地味。
普通のプレイヤーは、相手にしない。上昇量が小数点以下の称号のために、時間を溶かすやつはいない。
俺は溶かした。十二年かけて、六百七十三個。
だから知っている。取得条件を知ってさえいれば、称号なんてものは、道端に落ちている小銭と同じだ。拾わない理由がない。
――そしてこの世界が本当にアルオンと同じ仕様なら。
検証開始だ。
まず一つ目。街の外周をぐるりと囲む街道を、日の出から日暮れまでひたすら歩く。ゲームでは「移動距離の累計」が条件だった。現実の足で稼ぐと、これが地味にきつい。夕方、足を棒にして七周目を終えたとき――視界の端で、ウィンドウが開いた。
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称号「健脚」を獲得
効果:素早さ +0.5%
素早さ:11 → 11.05
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「……ふ、ふふ」
来た。あるじゃないか、この世界にも。
誰が見ても誤差。小数点以下の、笑ってしまうような上昇。でもこれが「ある」と「ない」とでは、世界がまるで違う。積み重ねられるということだからだ。どこまでも。
翌日は夜明け前に起きた。日の出より早く活動を開始する、それを七日続ける。
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称号「早起きの鳥」を獲得
効果:素早さ +0.3%
素早さ:11.05 → 11.08
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その次は、宿の裏の空き地で、拾った棒をひたすら振った。朝から晩まで、休憩を挟んで一万回。手の皮がむけた。むけたぶんだけ、確信があった。
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称号「素振りの鬼」を獲得
効果:攻撃速度 +0.2%
攻撃速度:1.000 → 1.002
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「よし……!!」
攻撃速度。お前に会いに来たんだ、俺は。
ちなみにこの数日で、街の人たちの俺を見る目が、少しずつ変わってきた気がする。
街道を無言で七周する男。夜明け前の街をうろつく男。空き地で一日中、棒を振っている男。
パン屋のおかみさんが焼き損じのパンをくれるようになった。たぶん、心配されている。ありがたくいただいた。うまい。
極めつけは猫だ。
アルオンには「街の野良猫すべてに認められる」という条件の称号があった。猫は素早い者にしか懐かない、という設定の。
というわけで俺はここ数日、路地裏の猫たちに毎日律儀に挨拶をして回っている。魚の干物を割いて、目線を合わせて、急に動かない。三日目には五匹中三匹が膝に乗るようになり、五日目の夕方、最後の一匹――教会裏のボス風の黒猫が、俺の指先に、ちょんと鼻を付けた。
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称号「猫のともだち」を獲得
効果:素早さ +0.4%
素早さ:11.08 → 11.13
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「ふふ、ふふふ……」
「……あの、ハヤトさん?」
振り返ると、買い物袋を抱えたソフィさんが、路地の入り口に立っていた。膝に黒猫を乗せてニヤけている俺を見る目が、完全に不審者を見るそれである。
「最近、変な噂を聞くんですけど。街道をぐるぐる回る新人がいるとか、空き地で一日中棒を振ってる新人がいるとか」
「へえ。物好きがいるんですね」
「全部ハヤトさんですよね?」
「……散歩と、素振りと、猫への挨拶です」
「猫への挨拶」
ソフィさんはしばらく俺と黒猫を見比べて、何かを飲み込むように息を吐いた。
「……まあ、いいです。健全ですし。呪いを放置して毒草を買い漁るよりずっと」
「あ、それなんですけど。毒草、明日届くそうです」
「聞きたくなかったです!!」
黒猫が、膝の上でのんびりあくびをした。
素早さ、しめて+1.2%。攻撃速度+0.2%。誰も拾わない小銭を、今日もこつこつ、ポケットに入れていく。
いい調子だ。この世界は、ちゃんと積み上げに応えてくれる。




