1-04 聖水は高い
夕方のギルドは、朝よりずっと賑やかだった。
受付には昨日と同じ、ソフィさんの姿。名札を見て覚えた。順番が来て、俺は薬草の束をカウンターに置く。
「薬草採取の納品です。依頼の十束と、追加の買い取りで五束」
「はい、確認しますね……」
ソフィさんは慣れた手つきで束をほどきかけて、止まった。
「…………えっ」
「何か問題が?」
「いえ、あの……逆です。すごく、丁寧で」
彼女は一束ずつ、確かめるようにめくっていく。
「根が全部無傷……泥も落としてある……葉の大きさで揃えて、茎の向きまで……。あの、薬草って普通、ぶちぶちっと抜いて袋に突っ込んで持ってくるものなんですよ。検品でいつも泣かされてるんです、私」
「使う人が数えやすいかなと思って」
「ありがたいな~……もう、全部の新人さんに見せたいくらい……あっ、こっちの五束、銀筋じゃないですか。いいものをどこで――」
ソフィさんの視線が、束を持つ俺の左手の甲で止まった。
笑顔が、ぴしりと凍る。
「――ハヤトさん。それ」
「あー……えっと」
「それ、刻印ですよね!? カルム森の奥の!! 立入禁止の看板、ありましたよね!?」
「ありました」
「あったのに入ったんですか!?」
門番のおじさんと一言一句同じ返しだった。俺が「薬草がいいやつだったので」と正直に答えると、ソフィさんはカウンターに両手をついて、がっくりとうなだれた。
「……ご説明します。それは『刻印・停滞』。カルム森の奥に古くからある、エリアそのものにかかった呪いです。踏み込んだ人に問答無用で付与されます。効果は――成長が、止まります」
「成長」
「レベルが、上がらなくなるんです。呪いが解けるまで、ずっと。冒険者にとっては致命的なんですよ!? だからあれだけ大きな看板が――」
「なるほど。それで、解き方は」
「教会の聖水です。刻印に振りかければ一発で解呪できます。在庫も教会に常備されてます。お値段は、銀貨五枚ですね」
「銀貨五枚」
俺は自分の財布を思い浮かべた。現在の全財産、銀貨二枚と銅貨が少々。昨日の前貸しを差し引くと、実質マイナスである。
ちなみに今日の納品報酬は、追加分と丁寧さの査定を上乗せしてもらって、銀貨一枚と銅貨五枚だった。
買えなくはない。何回か依頼をこなして貯めれば、届く値段だ。ただ、今は装備も揃えたいし、宿代もいるし、明日の飯もいる。
「手持ちが貯まったら、解除しますよ。まだ駆け出しですし、序盤は急がなくても」
「じょばん……? まあ、買えない値段じゃないですし、無理にとは言いませんけど……。でも、成長は止まってるんですよ? 依頼をこなしても強くなれないんですからね?」
「はい。だからこそ、地道に稼いでから」
もっともらしいことを言ったからか、ソフィさんは「うーん……」と唸って、それでも納品の判をきっちり押してくれた。
「……せめて、無理な依頼は受けないでくださいね。成長できない体なんですから、怪我したら取り返しがつかないんですから」
「はい。焦らず、確実に、一件ずつ」
「昨日私が言ったことをそのまま言えば許されると思って……!」
思ってません。ちょっとだけ思ってます。
ギルドを出ると、広場の屋台から、肉の焼ける匂いがした。
串焼き一本、銅貨二枚。
聖水、銀貨五枚。
俺は真剣に検討した。検討の結果、串を二本買った。豪遊である。
夕暮れの広場の縁石に座って、熱い串にかぶりつく。脂が滴って、香ばしくて、ちょっとしょっぱい。ゲームの中では「食料(回復小)」でしかなかったものが、こんなにうまい。
左手の甲では、灰色の刻印が相変わらず鈍く沈黙している。
成長が止まる呪い、か。
串を齧りながら、俺は明日からの予定を頭の中で並べ直した。依頼をこなして、街に慣れて、装備を整えて。やることは山ほどある。楽しみなことも、山ほどある。
まあ――なんとかなるだろう。
手持ちが貯まったら、ちゃんと解除しよう。そのうち。近いうちに。たぶん。




