3-14 最大HP1
二本目のヴェインは、一本目より、二日早く仕上がった。
「腕が上がったわけじゃないんです。一本目で、私の中の迷いが全部消えたので」
そう言って差し出された黒い短剣は、一本目と寸分違わぬ双子だった。並べて置くと、鏡合わせみたいに、反りが向き合う。銘の彫りだけが、ほんの少しだけ、のびのびしている。
「一本目の銘はですね、正直、彫りながら手が震えてたんです。呪いモノを世に出すんだって、最後の最後で、ちょっとだけ。……二本目は、違いました。ハヤトさんの夢を打ってるんだって、そう思ったら、彫りが勝手に、笑っちゃって」
「銘が笑うんですか」
「笑うんです。道具は正直ですから。……それと、ハヤトさん。二本目の表示、見てください。銘文が――」
言われて、俺は二本目を検めた。
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呪短剣『ヴェイン』(逆こしらえ)
攻撃速度 +80%
素早さ +10%
最大体力 -49%
製作者:ノエル
『重ねて魂の半分を悪魔に渡す愚か者は、残り灯で風の頂を夢見る』
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「……銘文が、違う」
「はい。二本目の設計図を頭の中で裏返したとき、文言も、変わってたんです。最初から――二本で一つの詩、だったんですよ、この子たち」
風の頂を夢見た愚か者は、魂の半分を悪魔に渡した。
重ねて魂の半分を悪魔に渡す愚か者は、残り灯で風の頂を夢見る。
一本目だけを読んだときは、破滅の教訓話に聞こえた。二本揃った今は、違って読める。半分を渡して、重ねてもう半分を渡して――それでも灯は、残るのだ。そしてその残り灯は、まだ、頂を夢見ることを、やめない。
「……ノエルさん。これ、脅し文句じゃないですね」
「はい。……約束の文句です。たぶん、大昔から、ここに来るはずだった誰かへの」
誰が仕込んだ詩なのかは、知らない。専匠武器の設計図を降らせる何かが、いるのだろう。だがひとつだけ確かなことがある。この二本は最初から、「重ねて」渡す愚か者を――俺を、待っていた。
工房の一番いい布の上で、双子のヴェインが並んで光っている。打ち手の一年と、使い手の十二年が、ここでようやく揃ったわけだ。感慨はある。大いにある。――が、うちのパーティーが感慨より先にやることは、決まっている。
検証である。
装備の前に、俺は二人に段取りを説明した。
「今日の流れです。まず装備して、数値の確認。次に、街の外の空き地で、指輪の実証実験をします。実験内容は――俺が一発、もらいます」
「「駄目です」」
声が揃った。仲がいい。
「お気持ちは分かりますが、指輪の効果が想定通りか、確かめないまま実戦に出るほうが、よほど危ない。……もちろん、保険なしで食らうつもりはありません。三重にします」
俺は卓の上に、順番に並べていった。
一つ。検証対象の、執念の指輪。
二つ。色褪せた組み紐――救命のミサンガ。効果は指輪の親戚だが、こちらは体力が減っていても効く。そのかわり一度きりで、発動すると切れて消える消耗品だ。あの崖の祠から、指輪と一緒に拾ってきた相棒である。保険は二重で持ち歩く。あの日からの、俺の癖だ。装備の判定順は、常設の装備が先、消耗品が後。つまり指輪が万一不発でも、条件の緩いミサンガが後ろで受け止める。
三つ目は、物ではなく、人だ。
「エルシーさん。先週覚えた、あれをお願いします」
「は、はい。『守りの帳』ですね」
次に受ける一撃を、一度だけ完全に無効化する、光の膜。彼女が「死なない準備」の一環で習得した、新しい祈りだ。
「手順は、二段です。一発目は帳の上から受けて、角兎の攻撃の入り方と、俺の立ち位置を確認する。膜が消えたのを確認してから、二発目で指輪の検証。不発なら、ミサンガ。それでも駄目なら、エルシーさんの短詠唱回復――は、まあ、届かないでしょうが、届く位置に立ってもらいます。以上、異論は」
俺は懐から紙を出した。昨晩まとめた、実験手順書である。ノエルさんが「手順書だ」と呟き、エルシーさんが「手順書ですね」と頷いた。二人とも、俺の扱いが完全に板についてきた。
手順書は、全五条。一条、実験は日没前の明るいうちに行う。二条、実験地は街の外の東の空き地、逃走経路二方向を確認のこと。三条、被験者は俺のみとし、実験は「一発だけ」(三条の四:連続被弾の検証は防具調整後の次回に回す)。四条、中止権限は全員が持つ。誰かが「やめ」と言ったら、理由を問わず即時中止。五条――終わったら、打ち上げをする。
「五条だけ、手順書っぽくないですね?」
「大事な条項です。検証は、締めまで含めて検証なので」
それでも、二人の説得には、たっぷり半刻かかった。
エルシーさんは「せめて兎じゃなくて、私が羽根で叩くのでは駄目ですか」と真剣に提案し(羽根では致死判定が出ないので駄目です)、ノエルさんは「私が代わりに――は、無理ですよね、はい……」としょんぼりし(そもそも最大体力1は俺だけです)、最終的に二人は「一発だけ」「合図と同時に回復詠唱」「終わったら一週間、危ない検証禁止」という三つの追加条件をもぎ取って、ようやく頷いた。
交渉の結果は手順書の余白に追記され、三人の署名が入った。うちの手順書は、こうしてどんどん分厚くなっていく。いいことである。分厚い手順書は、生存の年輪だ。
「……三重なら、まあ……。臆病なのか無謀なのか、ほんとに分からない人ですね、ハヤトさんは」
「臆病だから、三重にするんです」
――そして、装備の時間が来た。
左手に、一本目。右手に、二本目。
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呪短剣『ヴェイン』(二本目)を装備しました
最大体力:26 → 1
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世界が、静かになった。
命の残りが、たったの、ひとつ。膝が笑うかと思ったが、不思議と、恐怖はなかった。あるのは、途方もない身軽さだった。四十九年ローンを二本組んで、家と土地を全部速さに換えたような、清々しい無一文。
そして――速さは、来た。
試しに、その場で一歩、踏み込んだだけで分かった。景色の流れる速度が違う。二本の内側から湧く速さが重なって、体が、俺の知らない俺になっている。
「ハ、ハヤトさん、体力の表示、ほんとうに1……1です……ひぇぇ……」
「エルシーさん、手が震えてます。大丈夫です、手順通りにいきましょう」
ちなみに実験に先立って、ギルドには一応、届け出をした。「街の外の東の空き地で、装備の検証を行います」と。書類を受け取ったソフィさんは、内容を三度読み返して、遠い目をした。
「……検証内容の欄に『兎に一発殴られる』って書いてあるんですけど、記入ミスですよね?」
「ミスではないです」
「またそういう……もう、何も聞きません。聞きませんけど、エルシーさんとノエルさんが付いてるなら、いいです。お二人がいなかったら、受理してませんからね」
俺の信用は、いまや保護者二名の連帯保証で成り立っているらしい。
空き地に移動して、実験開始。エルシーさんの祈りが、俺の肩口に淡い光の膜を張る。ノエルさんが連れてきた角兎(罠で生け捕りにした、この上なく不服そうな一羽)を放し、俺は、あえて棒立ちで待った。
角兎が、跳ねる。角の先が、俺の腕に――当たる、寸前。
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『守りの帳』が一撃を無効化しました
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光の膜が、ぱきん、と砕けて散った。衝撃は、ゼロ。攻撃の入り方、角の軌道、俺の重心。全部確認した。よし。
「一段目、確認。エルシーさん、いい膜です。――では、本命」
膜が消えたのを三人で確認して、二発目。
角兎が、跳ねる。今度こそ、角の先が、俺の腕に――当たる。
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致死のダメージを受けました
『執念の指輪』が発動
体力1で持ちこたえた
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「……はい、確認取れました。想定通りです」
痛みは、ある。衝撃も、ある。だが、体力は1のまま、減っていない。正確には「1未満にならなかった」。手首のミサンガも、切れずに残っている。二段目の保険の出番は、なかった。それでいい。保険とは、出番がないのが一番いい仕事なのだ。
――と、冷静に総括している俺の前で、二人はそれどころではなかった。
「い、生きてます!? ハヤトさん、生きてますか!? 痛くないですか!? どこか変じゃないですか!?」
「エルシーさん、脈! 脈を測ってください! 私は表示を記録します! 『致死のダメージ』って出ました! 出ましたからね!? この人いま一回死んでますからね!?」
「死んでません。持ちこたえてます。表示の通りです」
「屁理屈です!!」
二人がかりの健康診断と説教を受けながら、俺は素直に嬉しかった。十二年前、画面の中で組み上がった理屈が、いま、この体の上で、そのまま動いた。あの夜のアルオンと、この夕方の空き地が、一本の線で繋がった。
角兎が、信じられないものを見る目で俺を見ていた。すまんな。君の一撃は理論上、俺を二回殺していたよ。
「じゃあ、次。連続被弾の検証を――」
「ちょっと待ってください!!」
振り返ると、エルシーさんが涙目で仁王立ちしていた。その隣で、ノエルさんが手順書を掲げている。
「手順書には『一発だけ』って書いてあります!! 三条の四!! 自分で書いたんですよね!?」
「連続検証は次回、防具の調整後って、ここに!! 私、読みました!!」
「……おっしゃる通りです」
自分の手順書に自分で敗北した。だが、悪くない敗北だった。俺の安全基準を、俺以外の誰かが握ってくれている。ソロの頃には、なかったものだ。
帰り道、夕日の中で、ノエルさんがぽつりと言った。
「……最大体力1の人が、世界で一番死ににくいなんて。あべこべですねえ、ハヤトさんの設計図は」
「あべこべ、いいじゃないですか」
エルシーさんが笑った。
「外れの祝福と、呪いモノの短剣で組んだパーティーですよ? 今さらです」
違いない。
「――はい! というわけで五条です! 打ち上げ! 工房でシチュー、仕込んであります! 今夜は具が大きい日です!」
「わあ! 行きましょう行きましょう!」
工房のシチューは、宣言通り具が大きかった。湯気の向こうで、ノエルさんが今日の記録帳を読み上げ、エルシーさんが「致死のダメージ、って表示が出た瞬間、寿命が縮みました」と何度目かの抗議をし、俺は明日からの初陣計画を広げた。
「開放期間、最終日が空いてます。三層の歯車回廊で、完成形の全力を検証したい」
「行きます!」「行きます! 記録係で!」
即答だった。……本当に、いいパーティーになったものだ。
先を歩く二人の背中を追いながら、俺は夕日に手をかざして、自分の掌を見た。
――最大体力1。攻撃速度、常時で素の三倍超。十二年前に描いた設計図の骨格が、今日、この世界に立った。
あとは積むだけだ。どこまでも。
初めての小説投稿なので、投稿者視点で思ったことをば。
以下の定型文、割と皆さま本気で思って書いてると思います。
私もです。
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