3-11 呪われた短剣、打ちます
「――というわけで! 素材のリストです!!」
翌朝のノエル工房。カウンターに、びしりと紙が叩きつけられた。徹夜明けの目をらんらんと輝かせた専属鍛冶師が、俺とエルシーさんの前に仁王立ちしている。
「ヴェインの刃には玄鉄。芯には月鋼。柄の仕込みに歯車蜘蛛の主脚が二対。焼き入れの油は……これは私が伝手で用意します。それと炉を三日、ヴェイン専用に空けます。修理の予約は調整しました。寝ないでやれば大丈夫です」
「寝てください」
「寝ます! 打つ前には寝ます! 職人なので!」
打つ前には、ということは今日は寝ないらしい。あとでエルシーさんに見張りを頼もう。
リストを検分する。
玄鉄は、光を吸う黒い鉄だ。硬いが粘りがなく、単体では武器にならない。だがヴェインの外殻には、この「光らない硬さ」が要るらしい。鉱山ギルドの取り扱いがあるから、金さえ払えば手に入る。
月鋼のほうは、少し厄介だ。満月の晩にだけ精錬できるという希少鋼で、市場に出る量が少ない。ノエルさん曰く「芯のしなやかさは、月鋼じゃないと出ません。ヴェインの『疲れない芯』の正体です」。行商の伝手で当たってもらうと、ちょうど今週、南から来る隊商が持っているという。運がいい。
値段は――値段は、まあ、見なかったことにしたい額だった。
「ゲイルを売れば、一発ですけど……売りませんよね?」
「売りません。ゲイルには繋ぎ以上の恩がありますし、ヴェイン完成後も、状況によって使い分けます。……エルシーさん、うちの金庫番として、どうですか」
「計算します。……依頼の貯金と、迷宮の素材の売却分と、歯車の換金分で……大丈夫です! ぎりぎり足ります! ただし今月のハヤトさんの串焼きは週一です!」
「週一」
「週一です!」
金庫番は厳しかった。だが串より速さである。異論はない。
ちなみにエルシーさんの帳簿は、例によって几帳面の極みだった。素材費、工賃(ノエルさんが「要りません!」と言い張り、俺が「払います」と言い張り、間を取って「完成後の宣伝広告費込み」という謎の項目になった)、予備費、緊急時の聖水代――。
「聖水代の欄、要ります?」
「要ります! 書くだけならタダですし、いつか絶対、買わせますからね!」
金庫番は、呪いにも厳しかった。問題は。
「歯車蜘蛛の主脚、二対。……迷宮ですね」
「はい。開放期間、あと五日です。ハヤトさんたちなら、二層ので十分ですから」
「行きましょう、ハヤトさん! 蜘蛛さんの脚、いっぱい獲ってきましょう!」
エルシーさんがぐっと拳を固めた。先日まで「かわいそうに……」と蜘蛛に同情していた人の顔ではない。相棒は今日も頼もしい。
――というわけで、素材集めである。
出がけに、ノエルさんから発注書を渡された。几帳面な字で、こうある。『主脚二対(関節無傷・左右対称のもの・大型個体優先)。ついでに脚甲の艶のいい子がいたら、その子で』。……最後の一文で、選別の難易度が跳ね上がっていることに、本人は気づいているのだろうか。
迷宮二層。歯車蜘蛛の巣。前回は三体だったが、今日は運がいいことに五体いた。しかも奥に、ひときわ大きい個体が一体。大型個体優先。艶のいい脚甲。よし、あれだ。
主脚の状態のいい個体を選んで、関節を傷つけないように停止させる。具体的には、脚には一切触れず、胴の核だけを正確に叩く。動き回る五体の、脚を避けて、胴だけを。……我ながら、注文の多い狩りである。
「主よ、彼の者に迅きを! ――あの、ハヤトさん、大きい子から右回りです! 左の子、跳ぶ前の音してます!」
エルシーさんの観測が、今日も冴えている。祝福の追い風に乗って、俺は五体の間を縫った。素材採取の討伐は、乱暴に倒せばいいというものではない。納品先は、うちの専属鍛冶師なのだ。雑な仕事は見せられない。
「祝福、お願いします」
「はいっ。――主よ、彼の者に迅きを!」
追い風。世界の音が半歩遠くなる。
脚の付け根の装甲、その継ぎ目。コンマ数秒の隙間に、今日は三撃入る。一撃目で継ぎ目を弾き、二撃目で軸を外し、三撃目は――いや、二撃で外れた。祝福込みの手数は、こちらの想定より半歩早く仕事を終える。この「想定を上回る半歩」に、いまだに毎回、頬が緩む。
五体、停止。主脚、無傷で二対半を確保。半は予備だ。
「はい、討伐証明の回収と……よし。帰りましょう」
翌日は、月鋼の買い付けだった。
南から来た隊商の親方は、髭の立派な偉丈夫で、ノエルさんが名乗ると、おや、という顔をした。
「職人通りの……ああ、噂の。呪いモノの」
ぴく、とエルシーさんの眉が動いた。俺も、少しだけ。だがノエルさんは、まっすぐに親方を見て言った。
「はい。呪いモノのノエルです。月鋼を、芯用の上物で二本ぶん。現物を見せてください」
親方はしばらくノエルさんを眺めて、それから荷から布包みを出した。ノエルさんの目の色が変わる。月鋼の板を光に透かし、爪で弾いて音を聞き、断面の照りを検める。「これとこれは芯には向きません。粒が粗い。こっちの二枚を」と選び出した手際に、親方は髭の奥で、にやりと笑った。
「……目は確かだ、呪いモノの嬢ちゃん。まけとくよ」
「呪いモノは余計です! ……でも、おまけはいただきます!」
帰り道、ノエルさんの足取りは弾んでいた。噂に、まっすぐ「はい」と返したその横顔は、少し前の彼女には、なかったものだ。
「あの、ハヤトさん。ちょっと気になってたんですけど」
帰り道、エルシーさんが小首をかしげた。
「ヴェインが完成したら、その……ハヤトさんの最大体力、26になっちゃうんですよね。一本目の時点で」
「なります」
「そしたら、私、回復のやり方、変えなきゃですよね。今までは削られてから戻す形でしたけど、26だと、一発もらったら即死圏で……あわわ、どうしよう、詠唱の短い回復を先に覚えたほうが……」
……この子は、本当に。
「エルシーさん。それ、家に帰ってから相談しようと思ってた議題そのものです」
「えっ、そうなんですか? えへへ……相棒ですから!」
工房に全部の素材を並べると、ノエルさんは「――さ、役者は揃いました!」と腕まくりをして、まず主脚の状態を検め、「完璧です……! 関節、無傷……! 解体の教科書みたい……! しかもこの脚甲、艶っつや……!」と震えた。
それから工房は、三日間の「ヴェイン体制」に組み変わった。
修理の予約は前後に振り分け、炉の周りの棚は打ち場を広げるために移動。エルシーさんが差し入れ当番と見張り当番を買って出て、宿の女将さんには「ノエル工房に通い詰めますが、夜逃げではありません」と根回しを済ませた。伝えたときの女将さんは「知ってるよ、街中あんたらの話ばっかりだ」と笑っていた。何の話だ。
準備を終えたノエルさんは、炉に火を入れて、腕まくりをして、俺たちに向き直った。
「三日ください。……ううん、言い直します」
彼女は、設計図を胸に当てて、深く息を吸った。
「三日で、私の一番いいのを打ちます。私のヴェインが世界で初めて『欲しい』って言われた記念すべき一本目なので――絶対に、最高のを打ちます」
その目に、もう迷いはなかった。
その晩、俺とエルシーさんは、特別に「打ち初め」だけ、見学を許された。
打ち始める前に、ノエルさんは工房の隅の小さな祭壇――炉の神さまを祀った棚に、塩と、杯一杯の酒を供えた。それから金床に向かって、深く一礼。
「親方直伝の、打ち初めの口上があるんです。……『火の神さま、鉄の神さま。これより打ちますは、使い手の命を預かる得物にございます。曲げるは我が腕、通すは我が心。どうか、最後の一打ちまで、御照覧あれ』」
口上を唱える声は、澄んでいた。エルシーさんがつられて祈りの形に手を組み、俺も自然と、頭を下げていた。武器を打つというのは、この世界では、こういう重さのある仕事なのだ。俺の十二年は、この重さの上に載せてもらうことになる。
炉の前のノエルさんは、いつもの人懐こい鍛冶師ではなかった。髪をきつく結い、手拭いを締め、真っ赤に熾きた炭の前に立つ姿は、ただの、職人だった。真っ白に灼けた玄鉄が金床に据えられ、鎚が上がる。
――一打ち目の音を、俺はたぶん、一生忘れない。
トン、でも、カン、でもなかった。もっと重く、もっと澄んだ、鐘に似た音。一年間、鳴らされるのを待っていた音だった。火花が散って、エルシーさんが小さく祈りの形に手を組んだ。
二打ち、三打ち。音が続く。俺たちは目配せして、そっと工房を出た。ここから先の三日間は、打ち手と、ヴェインだけの時間だ。
扉を閉める寸前、鎚の音の合間に、小さな鼻歌が聞こえた気がした。
呪われた短剣が、産声を上げるまで、あと三日。
初めての小説投稿なので、投稿者視点で思ったことをば。
以下の定型文、割と皆さま本気で思って書いてると思います。
私もです。
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