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3-10 ステータスカードには……

 泣き笑いがひと段落して、工房にお茶が三つ並んだ頃。


 夜も更けて、職人通りの槌の音はもう聞こえない。炉の残り火と、湯呑みの湯気と、カウンターの上の設計図。エルシーさんが「今夜は宴ですね」とりんごを剥き始め、ノエルさんは設計図を何度もなでては、にへら、と笑っていた。


 その、ノエルさんが、ふと、真顔になった。


「……あの、ハヤトさん。打つ前に、鍛冶師として、確認しなきゃいけないことがあります」


「はい」


「ヴェインの代償のこと、本当に分かってますか? 最大体力49%減少って、数字で言えば簡単ですけど……使う人の命が、半分になるんですよ。私は打ち手として、使い手の体のことを知らないまま、あれを渡せません」


 もっともな話だった。というより、そこまで考えて「渡せません」と言える職人だから、俺は彼女に打ってほしいのだ。


「私、決めてるんです。私の打った武器で、使い手が死ぬのだけは、絶対に嫌だって。ヴェインは……ヴェインは特に、です。私の一本目が、誰かの命を半分にする。その意味を、私は打ち手として、ちゃんと背負いたい。だから――教えてください。ハヤトさんの体のこと。ヴェインを持ったとき、あなたに何が起きるのか」


 まっすぐな目だった。一年間、呪いモノと言われ続けた武器の打ち手が、それでも「使い手を生かす」ことから話を始める。……本当に、いい職人に会ったものだ。


 ――なら、こちらも誠意で返すのが筋だろう。


 ついさっき、決めたばかりだ。隠しごとは仕舞いにする、と。その「近いうち」が今夜になっただけのこと。俺は懐に手を入れて、一瞬だけ、ソフィさんの言葉を思い出した。カードの中身は本人にしか見えない。開示するかどうかも、本人の自由。


 ――自由に、開示しよう。この二人になら。


「エルシーさんも、聞いてください。パーティーの相棒に、いつか話さなきゃと思ってたことです」


「え、あ、はい」


 俺は、懐からステータスカードを取り出した。


 この世界に来て、誰にも見せたことのない、俺の中身。ソフィさんの言う通り、開示するかどうかは本人の自由。だから今日まで、自由に、伏せてきた。


「二人には、全部見せておきます。ヴェインを打つ人と、隣で戦う人には、知っておいてもらいたいので」


 カウンターの上に、カードを置く。


 二人の視線が、吸い込まれるように落ちて――そして、同時に止まった。


「……え?」


 最初に声を出したのは、どっちだったか。


「え、あの、ハヤトさん、これ……表示、壊れてません……?」


「壊れてません」


「だって、これ……レベルのところ……」


 エルシーさんの指が、カードの一点を、震えながら差した。


「――Lv1なの!?」


 二人の声が、綺麗に重なった。


「れ、レベル1!? 私たちが会ったときから!? ゴブリン六匹を無傷で倒したのも!? 商隊護衛も!? 迷宮の五層も!? ぜんぶ、レベル1で!?」


「はい」


「はい、じゃないですよ!? だって、依頼、何十件もこなして……あっ」


 エルシーさんが、何かに気づいた顔で、口を覆った。


「……刻印。カルム森の、呪い。『成長が止まる』……」


「そうです」


 俺は頷いた。


「俺は転移……この街に来てすぐ、あの森の奥に入って、刻印・停滞を受けました。看板は、読んだ上で。――わざと、です」


「わざと!? なんで!? 聖水も『貯まったら買う』って、ずっと……あれも!?」


「買う気は最初からありません。この呪いは、俺のビルドの、要の部品なので」


 ノエルさんが、はっと息を呑んだ。カードと、ヴェインの設計図とを、目まぐるしく見比べる。職人の頭の中で、歯車が噛み合っていく音が、聞こえるようだった。


「……最大体力、50。割り振りが、最低の50……。ヴェインの代償は49%だから、切り上げで……26。ハヤトさん、体力26で戦うつもりなんですか!? この世界で!? 冒険者の体力じゃないですよ、それ!?」


「いえ」


 俺は、指を二本、立てた。


「ヴェインは、二本、打ってもらいます」


「…………は?」


 ノエルさんが、固まった。エルシーさんも固まった。工房の時間が、固まった。


「に、二本って……両手に、一本ずつ!? 49%の呪いを、二回受けるんですか!? ちょ、ちょっと待ってください、計算……合算で98%引き、だから、50の2%……50の、2%は……」


 指を折っていたノエルさんの手が、止まった。


 顔を上げた目は、真ん丸になっていた。


「……いち?」


「はい」


「最大体力、1!? いちって、数字の1!? 転んだら死ぬやつ!?」


「転んだくらいでは死にません。たぶん」


「たぶん!?」


 悲鳴のようなツッコミはもっともである。この世界で、体力0は死だ。最大体力1とは、あらゆる攻撃が即死になるということ。正気の沙汰ではない。……普通なら。


「二人とも、これを見てください」


 俺は懐から、もう一つ、取り出すものがあった。古びた、飾り気のない指輪。カードの隣に、そっと置く。


――――――――――


執念の指輪


効果:最大体力の状態で致死のダメージを受けたとき、体力1で持ちこたえる


――――――――――


「ソロの頃に、命がけで取ってきた保険です。効果の文を、よく読んでください」


 二人がウィンドウを覗き込む。先に気づいたのは、ノエルさんだった。さすが、道具の人である。


「『最大体力の状態で』……って。……あれ? 最大体力が1、なら……体力1のときは、いつでも……最大体力……?」


「そうです。俺は常に『満タン』なんです。この指輪は、俺にだけ――毎回、発動する」


「……攻撃で、死ななく、なる……?」


 エルシーさんが、呆然と呟いた。


「攻撃では、です。毒や即死みたいな別口は残るので、そっちは別の保険で塞いでいきます。――それから、レベルの話。レベルが上がると基礎体力が増えます。増えると、98%引いても端数が切り上がって、最大体力は2になる。2になった瞬間、この指輪は『満タンのときしか効かない、ただのお守り』に戻る。……俺が呪いを解かない理由が、これです」


 沈黙。


 エルシーさんが、掠れた声で言った。


「じゃあ……称号集めも、毒も、麻痺も、呪いの放置も、猫も……ぜんぶ……」


「猫は半分趣味ですが、あとは全部、この設計図の部品です」


「はんぶん趣味なんだ……」


「じゃ、じゃあ、聖水を『貯まったら買う』ってずっと言ってたのも……」


「買う気は最初からありません。ソフィさんには、悪いことをしてますが」


「わ、私、本気で心配してたんですよ!? 貯金箱、見せてもらったこともあるのに!?」


「あの貯金箱は本物です。中身は装備代に消えてますが」


「余計に悪いです!!」


「で、でも、ハヤトさん」


 エルシーさんが、おずおずと手を挙げた。


「レベル1のまま、って……それじゃ、強くなれないんじゃ……」


「なれます。攻撃速度は、レベルでは上がらないので」


「……え?」


「あのステータスを上げる手段は、四つだけです。称号。クエスト報酬の基礎上昇。装備。そして、祝福。レベルは一切関与しない。――つまり俺は、レベル1のままで、どこまでも速くなれる。この構築は、何も捨ててないんです」


 ノエルさんは、しばらく黙ってカードを見つめていた。それから、ふるふると肩を震わせ――笑い出した。


「あはは、あははははは! なにそれ、なにそれぇ! 体力1の、レベル1! 攻撃速度だけの人! むちゃくちゃです、そんな構築、聞いたことない! ……でも、でもぉ……」


 彼女は目尻を拭って、設計図を、ぎゅっと胸に抱えた。


「私のヴェインは、そのむちゃくちゃの、ど真ん中にいるんですね」


「ど真ん中です。あなたの短剣が、二本とも要ります」


「……ふふ。じゃあ、もう、逃げられませんね。私」


 それから彼女は、職人の顔に戻って、設計図を引き寄せた。


「二本挿し、二本挿しかぁ……。あの、ハヤトさん、技術的な確認です。二本を左右で振るとき、重心はどうします? ヴェインの反りは片手前提なので、対で使うなら、二本目は反りを鏡写しにした『逆こしらえ』が要ると思うんです。左手用の」


「できるんですか、それ」


「できます。設計図を、頭の中で裏返せばいいので。……ふふ、ふふふ。呪いモノの二本目を、しかも逆こしらえで打つ鍛冶師なんて、世界で私が初めてですよ。歴史に残る変な仕事です」


「変な仕事は、うちの得意分野です」


「知ってます! もう、よーく知ってます!」


 ノエルさんはカウンターの下から真新しい帳面を出して、表紙に、几帳面な字でこう書いた。


 『ゼファー専属鍛冶師の仕事帳 一頁目:呪短剣ヴェイン(二本・うち一本は逆こしらえ)』


「専属……!? う、うちに入ってくれるんですか!?」


「常連の、その先です! 打ち手が隣にいないと、危なっかしくて見てられませんから! ……ふつつかものですが、よろしくお願いします!」


 エルシーさんが歓声を上げて、ノエルさんに抱きついた。


 夜更けの帰り道、月が高かった。並んで歩く三人の影が、石畳に長く伸びる。


「……なんだか、今日から、本当のパーティーになった気がします」


 エルシーさんが、ぽつりと言った。


「秘密が、なくなったから、でしょうか」


「かもしれません。……まあ、正確には」


 俺は夜空を見上げた。ゲーム時代の話。転移の話。まだ話していないことは、ある。だがそれは、嘘とは違う。話せる日が来たら、話せばいい。少なくとも、この世界での俺の全部は、もう二人の前に出した。


「――当面の秘密は、なくなりました。今後の奇行は、全部事前に説明します」


「事前説明があっても奇行なんですね」


「うちですから」


「うちですからねえ」


 二人の笑い声が、静かな職人通りに転がっていった。


 ――パーティー『ゼファー』、三人目。


 世界最速の設計図が、また一枚、埋まった夜だった。

初めての小説投稿なので、投稿者視点で思ったことをば。

以下の定型文、割と皆さま本気で思って書いてると思います。

私もです。


ここまで読んで「面白い」と思っていただけましたら、

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― 新着の感想 ―
いつ呪い解くんだろうと思ってたんですよ まさかスペランカーでそのまま行くとは思いもしませんでした いやぁ、ほんとこの主人公狂気ですね こういうキャラ大好きです
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