3-09 運命だ
「――運命だ!!!!」
工房の窓が、びりびりと震えた。
ノエルさんは硬直している。エルシーさんは耳を塞いでいてなお仰け反った。往来の誰かが「なんだなんだ」と覗いていった気がするが、知ったことか。
「う、うんめい……?」
「運命です!! いいですか、ノエルさん、俺は十二年探した! アルオ……元いた場所の全部を探して、いなかった! この街に来てからも、雲を掴むつもりで探してた! ダンジョンで魔剣を引くより難しい、一生届かない夢だと、昨日、現に諦めかけてた!! その打ち手が!!」
俺はカウンターに両手をついた。
「毎週通ってた、行きつけの工房にいた!! こんなの運命以外の何だって言うんですか!!」
「ひぇ」
「しかも、よりにもよって、あなただ! いいですか、俺は言いましたよね、剣は嘘をつかないと! あなたの練習剣を百十六回振った俺が保証する、あなたの腕は本物です! その本物が! ヴェインの打ち手!! 最高か!!」
「ひ、ひぇぇ……」
「呪いモノ? 外れ? どこがです!! 最大体力49%減少、結構!! むしろそこがいい!! その代償があるからこそ、あの攻撃速度が許されてるんです! いいですかノエルさん、代償のない強さなんてものは大抵まがい物で、ヴェインは正直なんです、誰よりも正直に『命を半分置いてこい、そのぶん先へ連れて行く』と言ってる、こんなに誠実な武器が他にありますか、ないんですよ、俺は十二年探して知ってるんです、ヴェインは呪いモノなんかじゃない、あれは覚悟の形をした最高傑作で――」
「ハ、ハヤトさん、ハヤトさん」
エルシーさんが、俺の袖を引いた。
「ノエルさんが、湯気出てます」
見ると、ノエルさんは真っ赤になって、口をぱくぱくさせていた。
……いかん。また、やってしまった。深呼吸。要点。誠実に。
「……失礼しました。取り乱しました。ですが撤回はしません。要点をまとめます」
俺は、指を三本立てた。エルシーさんが「あ、出た」と小声で言った。
「一つ。あなたの専匠武器は、恥でも外れでもありません。俺が十二年探し続けた、世界で唯一の当たりです。二つ。黙っていたことは、何も悪くない。一年も一人で抱えさせたのは、周りの目のほうです。謝るのは、むしろ配慮なく専匠武器の話を振った俺のほうで――三つ」
三本目の指を折って、俺は頭を下げた。
「ヴェインを、打ってください。あなたの手で。……お願いします」
工房が、しん、と静まった。
炉の火が、ぱち、と爆ぜた。
ノエルさんの唇が、声にならないまま、「うんめい」と動いた。目が、カウンターの設計図と、頭を下げたままの俺との間を、何度も、何度も往復する。一年間「隠すべき恥」だったものと、「十二年探した夢」だという男と。その二つが同じものだという事実に、彼女の中の何かが、まだ追いつかない。
隣でエルシーさんが、両手で口を押さえたまま、目にいっぱい涙を溜めて、ぶんぶんと首を縦に振っていた。何の同意なのかは分からないが、心強い。
「…………ほ、ほんとうに」
ノエルさんの声が、震えていた。
「ほんとうに、いいんですか。私の……私の、ヴェインで。呪いモノって、言われてる、あれで。ハヤトさんの体力、半分になっちゃうんですよ。それでも……」
「それでも、じゃありません。それがいいんです」
「~~~~っ」
ノエルさんの目から、ぼろっと大粒の涙がこぼれた。
「うう、ううぅ……だ、だって、私の専匠武器……ずっと、ずっと、隠さなきゃいけないものだったのに……誰かの、ゆ、夢だなんて……そんなの、そんなのぉ……」
エルシーさんがカウンターの内側に回り込んで、ノエルさんの背中をさすった。ついこの間まで自分が泣いていた側の相棒は、ハンカチを差し出す手際まで完璧だった。
ひとしきり泣いたあと、ノエルさんは、ぐしぐしと顔を拭いて、俺を見た。
「……私、ずっと、夢を見てたんです。いつか誰かが、あの図面を見て、『これだ』って言ってくれる日のこと。……ばかみたいでしょう? 呪いモノですよ? 誰が言うんですか、そんなこと。そう思って、夢を見るたび、自分で自分を笑ってたんです。……でも」
彼女は、しゃくり上げそうになるのを、ぐっと堪えた。
「言う人、いました。ここに。……大声で」
「窓が震えるくらいには」
「震えました。びっくりしました。……ふふ、ふふふ」
もう、隠しごとの顔じゃなかった。まっすぐな、職人の顔だった。
「……打たせて、ください。私のヴェイン、ハヤトさんに、使ってほしいです」
「はい。よろこんで」
その途端、ノエルさんの中で、何かのスイッチが切り替わった。
彼女はカウンターの設計図をばっと広げ、堰を切ったように喋り出したのだ。
「ノエルさん。ひとつ、白状すると――俺はさっきから、この図面に見とれてます。素人目にも分かる。この芯の二重構造、外の硬さと中のしなりを両立させるための答えですよね。それから、この反り。体力を『喰う』呪いを、逆に振りの初速へ流し込む角度に見える。……天才の仕事です、これは」
「〜〜〜っ! そ、そこ! そこ、分かります!?」
ノエルさんが、涙も引っ込む勢いで食いついた。
「あのですね、聞いてください、ヴェインの芯は二重なんです! 外は硬く、中はしなやかに! だから速く振っても芯が疲れない! ここ、この反りの角度! これが体力を『喰う』寸法で、たぶんここが呪いの核で……ああでも焼き入れが難しいんです、温度の帯がすっごく狭くて、それから柄の仕込みには特別な脚甲が――」
「ノ、ノエルさん、ノエルさん。息、息をしてください」
エルシーさんが慌てて白湯を差し出す。一年間、誰にも話せなかった設計図の話が、いま、音を立てて溢れている。俺は相槌も忘れて聞き入った。分かる。分かるぞ、その早口。好きなものの話は、こうなるのだ。
「――と、いうわけで! 素材、集めてもらいますからね。いっぱいですからね。玄鉄と、月鋼と、それから、それから……あああ、どうしよう、本当に打つんだ、私、ヴェインを……!」
泣き笑いのまま設計図を抱きしめる鍛冶師を見て、俺とエルシーさんは、顔を見合わせて笑った。
エルシーさんは、カウンター越しにノエルさんの手を取って、小さく言った。
「よかったですね、ノエルさん。……私、分かります。ずっと外れって言われてきたものを、初めて『欲しい』って言ってもらえた日のこと。……あの日の私、きっと今のノエルさんと、同じ顔をしてました」
「エルシーさん……ふ、ふえぇ……」
「あっ、ま、また泣かないでください〜!」
「だ、だってぇ……エルシーさんも、外れって言われて、あんなに……ぐす……そ、それでいまは、あんなに格好よく祝福かけてるじゃないですかぁ……。私も、私のヴェインも、ああなれますか……」
「なれます! なれますよ! だって私、ハヤトさんに拾われる前の日、ギルドの隅で『もう故郷に帰ろうかな』って思ってたんですから! それが今じゃ、毎日楽しくて仕方ないんです! ノエルさんは私よりずっと腕があるんですから、もっとです!」
「腕って、関係あります……?」
「あります! ……たぶん!」
泣き笑いの二人の会話は、途中から励ましなのか自慢なのか分からなくなっていた。いいコンビである。
ひと段落したところで、エルシーさんがりんごを剥き、俺が茶を淹れ直して、ささやかな祝いの席になった。湯呑みを三つ、掲げる。
「では、何に乾杯しましょうか」
「え、えっと……ヴェインに?」
「それと、打ち手に。……あとは、そうですね」
俺は少し考えて、付け足した。
「――誰かの外れが、誰かの当たりになる世界に」
「「乾杯!」」
湯呑みのぶつかる音は、ジョッキほど景気よくはなかったが、悪くない音がした。
外れの祝福と、呪いモノの短剣。誰かの物差しで弾かれたもの同士が、俺の設計図の上では、どちらも要のピースになる。……つくづく、いい世界に来たものだ。
そして、泣き笑いの向こうの設計図を眺めながら、俺は静かに決めていた。
ヴェインを打ってもらう以上、隠しごとは、もう仕舞いだ。近いうちに、二人には全部話そう。俺のビルドの、種明かしを――と、思っていたのだが。
その「近いうち」は、思ったよりずっと早く、来ることになる。
ふと、窓の外を見た。すっかり夜だ。裏路地の小さな工房に、灯りがともって、笑い声が漏れている。数か月前、俺が「なんとなく」扉を開けた、あの静かすぎる店に。
明日からこの店は、世界でただ一つ、呪短剣ヴェインを打てる工房になる。
――十二年目の夢に、打ち手が見つかった夜だった。
初めての小説投稿なので、投稿者視点で思ったことをば。
以下の定型文、割と皆さま本気で思って書いてると思います。
私もです。
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