3-07 言えない
<<ノエル視点>>
――私の専匠武器は、『呪短剣ヴェイン』という。
鍛冶師なら誰でも、いつかは自分の専匠武器を知る日が来る。腕を磨いて、位階を積んで、ある朝ふいに、頭の中に「打ち方」が降りてくるのだ。世界でただ一つ、自分だけに打てる、自分だけの銘。
私にその日が来たのは、一年前。親方の工房から独り立ちする、ほんの少し前だった。
朝の研ぎの最中だった。手が、勝手に止まった。頭の奥で、何かがことりと音を立てて、次の瞬間、見たこともない図面が、細部まで一気に「分かった」。寸法も、反りも、芯の通し方も、焼き入れの温度も、ぜんぶ。鍛冶師なら誰もが夢見る、生涯に一度の朝。
立ち尽くす私に、親方は研ぎの手も止めず、背中で言った。「来たか」。はい、と答えた声は、自分でも分かるくらい、震えて、弾んでいた。
――その、五分後の話である。
降りてきた設計図を、頭の中でじっくり広げ直して、私は最初、何かの間違いだと思った。
最大体力49%減少。装備者の命を、まるまる半分持っていく短剣。引き換えに上がるのが、よりにもよって、攻撃速度。
誰が使うの、これ。
親方に打ち明けたときのことは、今でも思い出すと、胸の奥がすうすうする。
親方は、私の説明を最後まで聞いて、それから長いこと、炉の火を見ていた。怒られると思った。笑われるほうがましだと思った。でも親方は、どちらもしないで、一言だけ言った。「……鎚は、握れるな?」。はい、と答えたら、「なら、いい」と、それきりだった。あれが親方なりの精一杯の優しさだったと分かるのは、ずっと後になってからだ。
王都から様子を見に来た兄弟子は、もっと分かりやすかった。真っ青な顔で私の肩を掴んで、「いいか、口外するな。絶対にだ。お前の腕なら、専匠武器なんか一生打たなくても食っていける。看板は『打てる武器』だけ出しておけ」。……あの人も、私のために言ってくれたのだ。それも、分かっている。分かっているけど。
それでも噂は職人通りを一晩で回った。「ノエルの専匠武器は呪いモノらしい」。「腕はいいのにな」。「呪いモノ持ちの店とは、関わらんほうがいい」。
独り立ちして構えた店には、最初の月こそ、義理のお客さんが来た。二月目から、ぱたりと止まった。毎朝看板を磨いて、炉に火を入れて、いつでも打てるように鉄を並べて、夕方、火を落とす。それだけの日が続いた。鍋の修理の一件が、あんなに嬉しかった月もある。
……そもそも、私が鍛冶師になったのは、たいした理由じゃない。
ちっちゃい頃、近所の風車小屋の歯車が壊れて、村の粉挽きが止まったことがあった。大人たちが困り果てる横で、私はなんとなく、壊れた歯を削って、はめ直した。直った。風車が回って、粉屋のおばちゃんが私を抱き上げて、みんなが笑った。
――直すと、みんなが笑う。
それが嬉しくて、嬉しくて、鎚を握った。それだけの理由で、ここまで来た。だから私の鍛冶は、ずっと「誰かが笑うため」のものだったのだ。なのに、私の一番の武器が、誰も笑わせられない呪いモノだなんて。神さまも、ずいぶんな皮肉を打つ。
……私の店に、お客さんが来ない理由。
ハヤトさんが「女性だからか?」って首をかしげてた、あの微妙な空気の、本当の理由。
私は、それをずっと、言えないでいた。
でもね。言い訳をさせてもらえるなら――あの二人が通ってくれるようになってから、私の毎日は、ほんとうに変わったのだ。
常連さんが来る日は、朝から研ぎの音の調子がいい。自分でも分かる。夕方の鈴の音で顔を上げるのが、楽しみで仕方ない。剣の減り方に呆れて、直して、褒められて、お茶を淹れて、道具の話で盛り上がる。……こんな毎日を、失いたくないと思ってしまったら、余計に、言えなくなった。隠しごとは、幸せと一緒に育つのだ。誰か偉い人が言ってなかったっけ。言ってなかったら、私が言う。
――で。
である。
昨日の、あれ、である。
「うあああああああ……」
私は工房の床にうずくまって、何度目かの奇声を上げた。
ハヤトさんの理想の武器。十二年探した夢の短剣。ダンジョンで魔剣を探すより難しい、世界にたった一つの専匠武器。
――呪短剣、ヴェイン。
「私のじゃん!!!!」
私の! 専匠武器!! じゃん!!!
打てます。打てますよ? 設計図、頭の中にありますよ? 素材と炉と時間さえあれば、明日にだって打ち始められますよ? あの人が「一生届かない」って、あんな寂しそうな顔で諦めてた夢、私、打てるんですよ??
じゃあなんで言わなかったの、私!!
「だ、だってぇ……」
誰にも言えなかったのだ、ずっと。呪いモノの専匠武器。客足が遠のいた原因。親方の沈黙。兄弟子の「口外するな」。一年かけて、私の中でヴェインは「隠すべき恥」になっていた。それが急に、目の前で「世界でたった一つの夢」って呼ばれて、頭が、ぜんぜん、追いつかなくて。
しかも私、勢いで「つてを使って聞いてみます」とか言った。
言ってしまった。
自分を! つてを使って! 探すのか! 私は!!
「〜〜〜〜っっ」
のたうち回った。工房の神さま、ごめんなさい。床、掃除します。
しかも、思い出すのだ。あの人が銘を口にする前の、あの、一拍の間を。
大事なものを両手で持ち上げるみたいに、息をひとつ吸ってから、「呪短剣――ヴェイン」って。十二年探したって言ってた。一生かけて出会えたら僥倖だって言ってた。あの重さの銘を、私は、「聞いたことないなぁー」で受け流したのだ。棒読みで。目を泳がせて。
嘘が下手にも、ほどがある。
……落ち着け。落ち着け私。整理しよう。
言えばいい。今すぐ走って行って、言えばいいのだ。「ありました! というか私でした!」って。ハヤトさん、きっと喜ぶ。あの人、私の腕、信じてくれてるし。
でも。
言ったら――知られてしまう。
私の専匠武器が、呪いモノだって。職人通りのみんなみたいに、あの人の目も、変わるかもしれない。「腕はいいのにな」って。あの微妙な空気の側に、ハヤトさんとエルシーさんまで、行ってしまうかもしれない。
初めてできた常連さんで。
私の練習剣を、百回振って、「正直、返したくなかったです」って言ってくれた人で。
誰も来なかった店に週に何度も通ってくれて、気づけばカウンターの内側に、常連さん用の椅子が二脚も増えていて。
道具の話をしてるときの目が、私と同じ、道具ばかの目をしてる人で。
迷宮に行く前には、私の打った歯車のお守りを、当たり前みたいに受け取ってくれて。エルシーさんなんて、拝んでくれて。
……その人たちに幻滅されるのが、私は、たぶん世界で一番、こわい。
「……でも」
床に転がったまま、私は昨日のハヤトさんの顔を思い出す。
自慢していいはずの迷宮銘を引き当てて、お葬式みたいな顔をしてた人。「夢は叶わないんだなぁ」って、へこんでた人。あの人の夢は、私の恥と、同じ形をしている。
私が黙っていれば、あの人の夢は、本当に一生、叶わない。
「…………うう」
夜が更けても、答えは出なかった。
扉を叩く音がして、飛び上がった。息を殺してやり過ごすと、遠ざかる二人ぶんの足音と、「おやすみなさーい」という小さな声。おそるおそる開けた扉の前には、籠がひとつ、置かれていた。
蓋を開けると、湯気。蜂蜜と生姜の匂いの麦粥が、まだ温かかった。艶々のりんごがふたつ。そして、角の揃った丁寧な字のメモが一枚。
『おつかれさまです。むりせず、ゆっくりやすんでくださいね。 エルシー&ハヤト』
「…………うう〜〜……」
だから。そういうところ、なんですよ。あなたたちの。
私は麦粥を抱えて、ずびずび泣きながら食べた。おいしかった。おいしくて、余計に泣けた。
そしてその晩、生まれて初めて、自分の専匠武器の設計図を、頭の中で最初から最後まで、そっとめくってみた。
一枚目。刃渡りと反り。二枚目、芯の二重構造。三枚目、焼き入れの温度の帯。めくるたびに、怖くて閉じてきた図面が、今夜は、閉じずにめくれていく。
途中で、想像してしまった。この図面が本物の短剣になって、あの人の腰で、風になって振られるところを。あの速い、速い手元で。私の打った子が、誰かの十二年の夢の、最後のピースになるところを。
……心臓が、ばくばくした。怖さと、同じ速さで、高鳴った。
明け方近く、私は工房の姿見の前に立っていた。
「……あ、あのですね、ハヤトさん。じつは、その、ヴェインの打ち手なんですけど……見つかりました。というか……私です」
だめだ。軽すぎる。
「ハヤトさん。大事なお話があります。私の専匠武器は――」
だめだ。重すぎる。お葬式みたいだ。
鏡の中の私は、すすだらけの顔で、目の下に隈をつくって、口をぱくぱくさせている。世界でいちばん、様にならない告白の練習だった。結局、朝日が窓に差すまで、正解の言い方は見つからなかった。
言える気は、まだ、しない。でも。
……打ち方は、ぜんぶ、覚えていた。
初めての小説投稿なので、投稿者視点で思ったことをば。
以下の定型文、割と皆さま本気で思って書いてると思います。
私もです。
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