1-02 冒険者登録と受付のお姉さん
門番のおじさんは、身分証を持たない俺をじろりと見て、それから親切に教えてくれた。冒険者ギルドで登録すれば仮の身分証が発行されること。登録は無料であること。ただし最初の依頼を一定期間内に達成しないと資格が消えること。
全部知ってる、とは言わなかった。この街のチュートリアルは十二年前に卒業済みだ。だが俺は神妙に頷いて、礼を言って、教わったとおりの道を歩いた。知識はあっても、この世界での実績はゼロ。新人は新人らしく、だ。
冒険者ギルドは、記憶のままの場所にあった。両開きの扉。酒場を兼ねた一階。壁一面の依頼掲示板。夕方の混雑で、屈強な冒険者たちが今日の稼ぎを酒に変えている。
受付カウンターには、三つの窓口。俺は一番端の列に並んだ。
順番が来て、顔を上げた受付嬢と目が合う。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件を伺います」
……かわいい人だな、と思った。いや、他意はない。純粋な事実の認定だ。柔らかそうな色の髪をきっちりまとめて、制服を着崩さず、笑顔に営業の硬さがない。あのゲームのNPCにも受付嬢はいたが、当然ながら台詞は三種類しかなかった。目の前の彼女は、ちゃんと生きている。
「冒険者登録をお願いします」
「かしこまりました。では、こちらの用紙にご記入を。文字は書けますか?」
「はい」
名前。出身。得意なこと。差し障りのない範囲で埋めていく。得意なこと、の欄で三秒迷って、「速いこと」と書いた。嘘は書いていない。
彼女は用紙を確認し、水晶のはまった小さな板を差し出した。
「ステータスカードを発行します。こちらに手を置いてください。……あ、ご安心くださいね。カードの中身は本人にしか見えませんし、開示するかどうかも本人の自由です。ギルドがお預かりするのは名前と依頼の達成記録だけですので」
「いい制度ですね」
「ふふ、たまに言われます」
手を置くと、板が淡く光って、カードが一枚生まれた。俺の、この世界での身分証。中身を確認する。……うん。知ってた。実に清々しい初期値だ。誰にも見せる予定はないが、当分は誰にも見せられない数字でもある。
「これで登録完了です。ランクは最下位のFから。依頼はあちらの掲示板から選んで、こちらの窓口へお持ちください」
「ありがとうございます。……新人におすすめの依頼って、ありますか」
「でしたら、薬草採取はいかがでしょう。東の森の入り口あたりで採れる、基本の薬草です。需要が安定していて、常設の依頼ですから」
彼女が掲示板から一枚、依頼票を取って見せてくれる。基本薬草、十束。ゲーム時代なら受注すらしなかった、報酬が雀の涙の初心者依頼だ。
でも、いまの俺には、これが分相応だ。それに東の森は歩き慣れた――いや、これから歩き慣れる予定の、いい場所だ。
「これでお願いします」
「かしこまりました。期限は五日です。焦らず、確実にいきましょう。初めての依頼ですから、まずは一件、落ち着いてクリアです」
「はい。そうします」
いい受付だな、と思った。新人を煽らず、急かさず、それでいて突き放さない。この距離感は、あのゲームのNPCには出せなかったやつだ。
ギルドを出ると、日が暮れかけていた。今夜は門の内側の安宿で寝る。所持金は門番のおじさんに教わった「新人支援の前貸し制度」でギリギリ確保した。至れり尽くせりだな、この街。
宿の夕飯は、固いパンと豆のスープだった。
うまかった。空腹は最高の調味料と言うが、たぶんそれだけじゃない。十二年遊んだ世界の飯を、俺はいま、初めて「味わって」いる。まずいわけがないのだ。
ベッドに倒れ込むと、窓の外から酒場の喧騒が聞こえてくる。誰かの笑い声。ジョッキのぶつかる音。この世界は、ログアウトしても消えたりしない。
明日は初仕事。薬草採取だ。
地味な一歩。でも、こういうのがいい。焦らず、確実に、一件ずつ。
……ああ、早く朝にならないかな。




