1-01 初期ステータス、装備なし、知識だけ
はじめまして。本作をお手に取っていただき、ありがとうございます。
攻撃速度という「死にステ」に人生を捧げた男が、サーバーのない異世界でコツコツ積み上げていくお話です。
本日、第一章(全13話)までまとめて投稿します。
第二章以降は、毎日20時に1話ずつ更新予定です。
のんびりお付き合いいただければ幸いです。
落ち着け。まずは検証だ。
十二年の廃人生活で骨身に染みた鉄則がある。喜ぶのは検証が終わってからにしろ。俺は逸る心臓を押さえつけて、視界に浮かぶ半透明のウィンドウに向き合った。
メニューの構成は、あのゲームとほぼ同じ。ステータス、スキル、称号、所持品。指の動きというより「意思」で操作できるらしい。ためしに所持品を開く。
空だった。見事なまでに、何もない。
ステータスも確認する。……初期値だ。全部が全部、キャラを作った直後の数字。装備欄も空。腰に剣の一本も差していないし、ポーションのひとつも持っていない。
十二年の蓄積は、頭の中以外、何も引き継がれていなかった。
「…………」
普通なら絶望する場面だと思う。異世界に放り出されて、無一文、丸腰、初期ステータス。
だが俺は、確かめなければならないことがあった。
その場で軽く、拳を突き出してみる。スッと腕が伸びた。もう一度。今度は本気で。風を切る音がして、体が前傾する。連続で、十発。
――遅延が、ない。
当たり前だと思うだろうか。現実なんだから当たり前だと。でも俺にとっては当たり前じゃなかった。あのゲームで攻撃速度を積んだ俺の攻撃は、ある一線から先、常に「重かった」。入力から発生までのわずかな引っかかり。エフェクトの省略。処理落ちの前兆であるあの粘つくような感覚が、この世界には、ない。
試しに全力で走った。草原を、風になったつもりで。息が切れた。膝が笑った。初期ステータスの体は情けないほど貧弱で――それでも、世界は一瞬たりとも、俺を待たせなかった。
俺は草原のど真ん中で膝をつき、空に向かって吠えた。
「サーバーがねええええええ!」
鳥が一斉に飛び立った。すまん。でも叫ばずにはいられなかった。
この世界には、サーバーがない。処理落ちがない。同時接続数もメンテナンスもない。俺の速度を制限するものは、物理法則と、俺自身の練度だけだ。
運営のメールを思い出す。ルール違反ではないが、やめてほしい。ああ、わかっている。あの世界では、確かにあれが正しかった。
でも、ここなら。
誰にも迷惑をかけずに、どこまでも速くなれる。
ひとしきり叫んだあと、俺は草原に大の字に倒れた。
雲が流れていく。草の匂いがする。頬を撫でる風が、ぬるくて、少しくすぐったい。ゲームの中で何万回も走り抜けた草原に、俺はいま、本当に寝転がっている。
……いいな、異世界。まだ何もしてないけど、もう結構好きだぞ、ここ。
「……よし」
立ち上がって、頭を切り替える。この世界を楽しむためにも、まずは生活基盤だ。
現状整理。この世界は、俺が十二年遊んだあの世界と「よく似ている」。メニューの構成、草原の地形、遠くに見える山の稜線。既視感の塊だ。おそらく地理も踏襲している。だとすれば、この草原は始まりの街の東側。歩いて半日の距離に、街があるはずだ。
ただし。
俺は自分に言い聞かせる。「よく似ている」は「同じ」じゃない。ゲームで効かなかった組み合わせが効くかもしれないし、ゲームで安全だった行動が命取りになるかもしれない。そして最大の違いはこれだ――ここで死んだら、たぶん、リスポーンはない。
検証。観察。撤退判断。ゲーム時代よりさらに慎重に行こう。なにせ俺はいま、無抵抗に殴られ続けたら雑魚のスライムにすら倒される、正真正銘の初期ステータスなのだから。
やることリストは、もう頭の中にある。優先順位も、ルートも。十二年分の知識が、行き先を示している。拾えるものは、すべて拾う。あのビルドを、今度こそ完成させるために。
そのためにもまずは、街だ。冒険者登録をして、活動の拠点を作る。
俺は太陽の位置と山の形から方角を割り出し、歩き始めた。
道中、茂みの陰に角の生えた兎を見つけた。あのゲームなら初心者が最初に狩る獲物。経験値も素材もおいしい、ありがたい存在だ。
俺は静かに、大きく迂回した。武器もないのに戦う馬鹿はいない。
夕暮れどき。丘を越えた先に、城壁に囲まれた街が見えた。記憶の中の始まりの街と、同じ場所に、同じ形で。
門の前で深呼吸をひとつ。夕焼けに照らされた城壁は、記憶の中の風景より、ずっと綺麗だった。
さあ、始めよう。この世界の暮らしと――それから、いつかの夢の続きを。




