プロローグ:サーバーが耐えられない
はじめまして。本作をお手に取っていただき、ありがとうございます。
攻撃速度という「死にステ」に人生を捧げた男が、サーバーのない異世界でコツコツ積み上げていくお話です。
本日、第一章(全13話)までまとめて投稿します。
第二章以降は、毎日20時に1話ずつ更新予定です。
のんびりお付き合いいただければ幸いです。
「またお前か」
フレンドの第一声がそれだった。ログインした瞬間、チャット欄が流れる。またお前か。またお前だろ。
誤解を解いておきたい。俺は何も悪いことをしていない。
ただ、攻撃ボタンを押しただけだ。
――十二年。俺はひとつのMMORPGを遊び続けてきた。廃人と呼ばれる連中の中でも、俺の興味はちょっと特殊だったと思う。最強職を極めたわけでも、レイドの世界一位を取ったわけでもない。
俺が強い興味をひかれたのは、攻撃速度だった。
ド派手なスキルで爽快に敵をなぎ倒すこのゲームには、誰も見向きもしないステータスがある。攻撃速度。通常攻撃の振りが速くなるだけで威力は上がらない。そして何よりも、メイン火力のスキルに影響を与えない。
装備枠を割く価値なし。攻略サイトの結論は十二年間変わらなかった。いわく――「攻撃速度は死にステ」。
だが計算は雄弁に語っていた。固定ダメージ、攻撃回数を条件とする装備効果、状態異常の蓄積。それらすべてが「手数」を参照するこのゲームで、攻撃速度を理論上限まで積んだ場合の火力と、その絶望的な必要資金と難易度を。
結論。全ビルド中、DPS(継続火力)は最大。それも二位に大きく差を付けての、ぶっちぎりだった。
誰も信じなかった。検証を重ねた。装備を掘った。称号を集めた。クエスト報酬の端数まで浚った。二本の呪われた武器を軸に、拾えるものをすべて拾って、俺は攻撃速度を積み上げ続けた。
そして、あの夜だ。
深夜三時の過疎エリア。最終検証。バフを全部乗せして、俺は試し斬り用のカカシに向けて、攻撃ボタンを押し込んだ。
画面が、止まった。
俺の斬撃のエフェクトが画面を埋め尽くしたまま、世界が凍りつく。カカシが消える。地面が消える。空が消える。そして表示された無慈悲なシステムメッセージ。
『サーバーとの接続が切断されました』
俺だけじゃない。全サーバーが落ちた。同時接続数十八万。公式サイトに緊急メンテナンスの告知が出て、SNSのトレンドに運営会社の名前が載った。
原因は、俺の通常攻撃の攻撃速度によるサーバー負荷に、サーバー側が耐えられなかったこと。
一回の攻撃判定、それに紐づくダメージ計算、状態異常判定、装備効果の発動チェック。俺の手数はそれを、サーバーが処理できる限界を超えた回数、同時に要求したらしい。
後日、運営からメールが届いた。俺は今でも全文を暗唱できる。
『いつも本タイトルをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。お客様のプレイスタイルについて、規約違反は一切確認されておりません。その上で、お願いがございます。――どうか、健全な運営のため、ご容赦ください。』
ルール違反ではない。だが、やめてほしい。
怒りは湧かなかった。むしろ笑った。俺のビルドは、ゲームの中ですら速すぎたのだ。チートではなく、バグでもなく、ただ純粋に、世界の処理が追いつかなかった。
「理論値」最強。だが、その理論値は無限の処理速度をもつサーバーが必要……つまり、叶わない机上の空論となった。
俺は武器を倉庫の最深部にしまい、ビルドを封印した。
それからも普通に遊んだ。フレンドとレイドに行き、イベントを走り、それなりに楽しかった。だが倉庫を開くたび、二本の武器が目に入る。そのたびに思うのだ。
この構成が本気を出せる場所は、この世界のどこにもない。
サーバーの限界。物理的な制約。運営の、慇懃で切実なお願い。何重にも封をされた、理論上最強のビルド。
いつか。
いつか、どこかに、サーバーの限界なんてない世界があったなら。
俺はそこで、攻撃速度の頂を見てみたい。誰も見たことのない速度で、誰も届かなかった領域を、この手で――
……なんてことを考えながら寝落ちしたのが、昨夜の話。
で、だ。
目を開けると、空があった。
見知らぬ空だった。モニターの光じゃない。眩しさに目を細めると、頬に草が触れる。土の匂い。風の音。遠くで何かの鳥が鳴いている。
俺は跳ね起きた。見渡す限りの草原。どう見ても、俺の六畳間ではない。
混乱する頭の隅で、しかし、妙に冷静な部分が囁いた。
――この草原の描画、どこかで見たことがないか?
いや、「どこか」じゃない。十二年通い詰めた世界に、よく似ている。
俺は震える手で、あるはずのないそれを探した。あった。指先の動きに反応して、視界に半透明のウィンドウが開く。見慣れた、しかし決して現実にはあり得ないインターフェース。
鼓動が速くなる。確かめるべきことは山ほどある。だが、真っ先に確認すべきことは、ひとつしかなかった。
この世界に――サーバーは、あるのか?




