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3-03 レアドロップ

 五層へ降りる階段は、大歯車の軸を巻くように続く、長い螺旋だった。


 降りるにつれて、壁の歯車の音が変わっていく。がりがりと軋む空転の音が減って、こち、こち、と噛み合った音が増える。まるで迷宮の心臓部へ近づいているような――そして階段の果てに、それはあった。


 歯車で組まれた、天井までの大扉。俺たちが近づくと、無数の歯が順繰りに回って、扉が花みたいに開いた。


「ひ、開いた……招かれてます、私たち……」


「開放期間ですからね。全員招かれてます」


 ――五層の宝物庫は、先客の熱気で満ちていた。


 と言っても、宝の奪い合いではない。この迷宮の宝物庫は広間になっていて、開放のたびに宝箱がいくつも「補充」される。補充の仕組みは誰も知らない。歯車の神さまの気まぐれ、というのが冒険者たちの通説だ。


 広間のあちこちで、パーティーが箱を開けては、歓声やらため息やらを上げている。


 ちょうど目の前で、大剣使いの偉丈夫が、両腕で抱えるほどの大箱を開けたところだった。仲間が固唾を呑んで見守る中、蓋の奥から出てきたのは――握り拳大の、ただの石ころである。


「……よし、次行くぞ」


「せめて何か言えよ! 俺たち三十分並んだんだぞこの箱!」


 その隣では、若い槍使いが上物の胸当てを引き当てて胴上げされており、さらに向こうでは「箱が噛みついた! ミミックだ!」「落ち着け、ただの立て付けだ!」という騒ぎが起きている。悲喜こもごも、というやつだった。


 広間の隅では、白髪の老斥候が、自分の並んだ小箱を、後ろの若い二人組にゆずっていた。「わしはもう、この迷宮に四十年もらいっぱなしじゃ。開けてみい」。若者が開けた箱から短槍が出て、三人で笑っている。


 ……いい場所だ、宝物庫というのは。出るものは運任せでも、どう開けるかには、人が出る。


「おう、兄ちゃんらも来たのか」


 声に振り向くと、二層で会った四人組の剣士だった。無事に五層まで降りてきたらしい。額に汗を光らせて、にっと笑う。


「蜘蛛には触らなかったろうな?」


「ええ、まあ。おかげさまで、無事に」


「そりゃよかった。ここまで来た褒美だ、箱を開けてけ。……当たりを祈っててやるよ」


 彼らの戦果は魔力布二反と、革の胴当てだったらしい。「嬶に布、俺に胴当て。上々の開放よ」と剣士は満足げに笑った。いい人たちである。二体の蜘蛛と死闘を演じた彼らに、うちが本日十三体を無傷で解体済みであることは、黙っておいた。世の中には、言わないほうがいい親切もある。


「わ、わ……本物の宝物庫……。ハヤトさん、どれを開けるんですか?」


「奥の、小さいやつにしましょう」


「あんなに大きいのが手前にあるのに!?」


「大きい箱は罠の率が高いんです。それに、いいものは案外、小さい箱に入ってる」


 アルオンではそうだった。検証勢の集計では、罠の率は箱の大きさにほぼ比例し、中身の質は箱の大きさと無関係。手前の大箱に人が並び、奥の小箱が最後まで残るのも、いつもの光景だ。歯車の神さまは、人の心理をよく分かっていらっしゃる。さて、この世界ではどうか。


 目当ての小箱は、広間の最奥、大歯車の陰にひっそりとあった。罠の確認。錠の確認。問題なし。


「エルシーさん、開けますよ。……せーの」


「せ、せーのっ」


 固唾を呑む相棒と、声を合わせて、俺は蓋を開けた。


 ――青白い光が、箱の中から溢れた。


 ふわり、と匂いが立つ。油と、それから、なぜか花のような。遠くで、大歯車がひとつ、こおん、と鳴った気がした。


 絹の敷布の上に、一振りの短剣が横たわっていた。


 刃渡りは俺の前腕ほど。刀身は流れる水のような波紋を浮かべ、柄頭には小さな歯車の意匠。抜き身のまま置かれているのに、刃こぼれひとつない。


 手に取った瞬間、分かった。軽い。恐ろしく軽い。なのに芯が通っていて、振れば手首より先に刃が走る。


――――――――――


疾風の短剣『ゲイル』


攻撃力 +12


素早さ +3%


攻撃速度 +8%


軽量/刃こぼれ耐性(中)


『噛み合わぬ歯車は、風にだけ油を差した』


――――――――――


「……攻撃速度、プラス、八」


 声が、震えた。今度のは、武者震いのほうである。


「エルシーさん」


「は、はいっ」


「来ました。攻撃速度です。装備一本で、八%。称号にして――四十個ぶんです」


「よ、四十個ぶん!? 街道ぐるぐる、四十回ぶんですか!?」


「街道ぐるぐる四十回ぶんです!」


「や、やりましたね!!」


「やりました!!」


 気づけば、相棒と両手を打ち合わせていた。称号でコンマ数%を拾い集めてきた俺に、この数字のありがたみは、痛いほど分かる。しかも短剣種で、この軽さで、刃が減りにくい。歯車の神さま、なんて仕事をなさるんだ。


 広間の視線が集まってくる。近くのパーティーが覗き込んで、口々に言った。


「お、迷宮銘の短剣か。五層でそれなら上等だ」


「攻撃力に十二、素早さ三……ほう、いい引きだな。前衛なら喉から手が出るぞ」


「刃こぼれ耐性も付いてる。実用一級品ってやつだ。……ん? 攻撃速度に八?」


「はは、そこはおまけだろ。器用貧乏な神さまだな、歯車の神さまは」


 笑い声まじりの、しかし悪意のない祝福が飛んでくる。四人組の剣士は銘の文句を読み上げて、「風にだけ油を差した、ねえ。粋なこと言うじゃねえか」と唸っていた。


 おまけで、結構。むしろ攻撃速度がおまけ扱いだったおかげで、この短剣は誰にも取られず、最奥の小箱で俺を待っていてくれたのだ。世間の物差しでは、この短剣の主役は攻撃力の十二。俺の物差しでは、逆立ちしている。――どちらの物差しで測っても、今日の俺は、大当たりを引いた。


「えへへ……! ハヤトさん、よかったですね! 攻撃速度が付いてる武器なんて、まるでハヤトさんに当たるために入ってたみたいです!」


「まったくです。歯車の神さまに、供え物をしたいくらいです」


「あ、ノエルさんに真っ先に見せる約束でしたよね! きっとすっごく喜びます、迷宮銘の短剣なんて!」


「ええ。……よし。今日はここで折り返しです。それで、帰り道なんですが――試し斬りを、していいですか」


「ふふ。もう我慢できないお顔してますよ、ハヤトさん」


 しているとも。新しい得物を早く振りたいのに、歳は関係ないのである。


 腰の鞘を差し替えて、ゲイルを佩く。試すなら、帰り道の今日が一番いい。道具は、使って初めて手に馴染むのだ。


 ――試し斬りの機会は、三層の歯車回廊で、向こうからやってきた。


 『回廊の走り手』が二体、通路の先からこちらへ滑ってくる。エルシーさんが息を呑む気配。俺は片手を上げて、祝福はなしで、と合図した。今日は、ゲイルの素の性能が知りたい。


 抜く。


 ――軽い。


 鯉口を切った瞬間から、もう違った。振り出しの初速が、俺の知っている「俺の速さ」より、確かに一枚、上にいる。八%。数字にすれば、たったの八%。なのに。


 一体目とすれ違う。継ぎ目に三撃――のつもりが、四撃入った。想定より、一撃多い。俺の頭の中の拍子と、実際の刃の速さが、半拍、ずれている。


 世界が、ずれる。


 二体目の跳躍。着地点に先回りして、軸に二撃、返しで腱、浮いた胴に――どこまで入る? 五、六、七。まだ振れる。俺の意図が「次」を考えるより先に、腕がもう「次の次」を終えている。


 気づけば、二体とも停止していた。時間にして、十秒足らず。息は、ほとんど乱れていない。


「…………」


 振り返ると、エルシーさんが、口を開けたまま固まっていた。


「……ハヤトさん。いまの、その」


「はい」


「途中から、腕が、見えませんでした。……人って、あんな速さで動いて、いいんでしたっけ……?」


「いいんです。装備の性能なので」


 よくない気もするが、いいのだ。そういうステータスなのだから。


「……ふふ。変なの」


 エルシーさんは、呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑った。


「私の祝福も、かかってないのに、あれなんですもん。……ねえ、ハヤトさん。この短剣に、私の祝福を重ねたら、どうなっちゃうんですか?」


「いい質問です。今度、人のいないところで検証しましょう。たぶん――もう半拍、世界がずれます」


「じゃあ私、しっかり祈らないとですね」


 相棒は、錫杖をきゅっと握った。頼もしい限りである。


 俺はゲイルを鞘に納めて、心の中で刀身に礼を言った。素晴らしい短剣だ。文句なしに、いままで握った中で最高の得物だ。


 ――そして、素晴らしいからこそ、分かってしまった。


 たった八%で、世界が、これだけずれる。


 なら――。


 ……ああ、駄目だ。想像しただけで、指先が疼く。


 夕暮れの洞口を出ると、出張受付の天幕で、書類の山が少しだけ低くなったソフィさんが手を振った。


「おかえりなさい! ご無事で……って、聞くまでもない顔ですね。何かいいこと、ありました?」


「ありました。明日、いいものをお見せします」


「えっ、何ですか。気になります。気になるんですけど!?」


「明日、真っ先に見せる約束の相手がいるので。ソフィさんは二番目です」


「二番目!? 悔しいですけど納得の順番です!!」


 入場札を返して、暮れていく岩山の道を、二人で下った。エルシーさんは今日一日の出来事を、あれもこれもと指折り数えている。動く床を渡れたこと。勘が当たったこと。宝物庫のせーの。いい一日だったのだ、間違いなく。


 ――それなのに、俺ときたら。


 宿への夜道を歩きながら、俺は自分に呆れていた。掘り出し物を引き当てて、その日のうちに、もっと先を欲しがっている。強欲にも程がある。分かっている。分かっているんだが――。


 腰の八%は、今日も文句なしに、軽い。


 ――軽いのに、今夜はどうしてか、ほんの少しだけ、重かった。

初めての小説投稿なので、投稿者視点で思ったことをば。

以下の定型文、割と皆さま本気で思って書いてると思います。

私もです。


ここまで読んで「面白い」と思っていただけましたら、

ページ下部の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、とても嬉しいです。

ブックマークも大歓迎です。作者の執筆速度にバフがかかります。

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