2-08 元パーティーの影
その日は、朝から嫌な感じがした。
と言ったのは、俺ではなくエルシーさんである。ギルドの扉をくぐる直前、彼女の足が、ほんの一瞬止まった。
「……すみません、なんでも、ないです」
なんでもなくはなかった。
ギルドの奥、酒場側のテーブルに、ガタイのいい五人組が陣取っていた。真ん中の大斧の男が、こっちを見て、にやりと笑う。エルシーさんの肩が、目に見えて強張った。
――『銀狼の牙』。彼女の、元パーティーだ。
「よお、エルシーじゃねえか」
大斧の男――リーダーのガルドが、椅子に座ったまま、よく通る声で言った。ギルド中に聞かせる声量だった。
「聞いたぜえ? パーティー組んだんだってな。よかったなあ、拾ってくれる物好きがいて。……で、そっちの兄ちゃんが例の変人か。呪い持ちで毒飲みの」
テーブルの取り巻きが、どっと笑った。
「なあ兄ちゃん、悪いことは言わねえ。そいつの祝福、知ってるか? 攻撃速度だぜ? こ・う・げ・き・そ・く・ど。ハズレもハズレ、大ハズレだ。うちは二年飼って、よーく知ってる。回復も並。看板にも戦力にもなりゃしねえ」
「ガルドさん、わたし……」
「ああ、責めてねえよ? むしろ感謝しろって話でな。うちが早めに切ってやったから、お前は身の丈に合った場所が見つかったんだろ? 変人と外れで、お似合いのパーティーだ」
また、笑い声。
エルシーさんが、俺の袖を小さく引いた。行きましょう、と目が言っている。慣れた諦め方だった。俺はその手に頷いて――でも、一つだけ、通り過ぎ際に足を止めた。
「ガルドさん、でしたっけ。一つだけ、聞いても?」
「あん?」
「エルシーさんの祝福、二年間で何回、本気で検証しました?」
「……はあ?」
「かける相手を変えて、武器を変えて、戦い方を変えて、何回試したのかなと。二年も『飼って』たなら、さぞ丁寧に調べたんだろうと思いまして」
ガルドの眉間に、しわが寄った。
「試すも何もねえだろ。振りがちょっと速くなるだけの外れだ。誰がかけられても気持ち悪がる。調べる価値もねえ」
「なるほど。ゼロ回ですね」
俺は頭を下げた。喧嘩を売る意図はない。事実確認が済んだだけだ。
「お時間取らせました。行きましょう、エルシーさん」
ガルドが何か言いかけたが、丁度ソフィさんが「銀狼の牙さーん、指名依頼の件でお話がー」と割って入ってくれて、それきりになった。あの人は本当に、いい受付である。
――外に出て、しばらく歩いてから、エルシーさんがぽつりと言った。
「……すみません。私のせいで、感じの悪い思いを」
「エルシーさんのせいではないです。それに、収穫もありました」
「収穫、ですか?」
「あの人たちは、あなたの祝福の価値を、二年間で一度も調べなかった。つまり、これからも気づかない。――俺たちのやることを、邪魔する材料を持ってないってことです」
励ましのつもりで言ったのだが、エルシーさんは複雑そうに笑った。まあ、そうだろう。二年間の居場所は、理屈で割り切れるものじゃない。
その日の依頼はつつがなく終わった。エルシーさんの祝福を受けた俺は角兎の群れを無傷で捌き、彼女は初めての「戦闘中のかけ直し」を成功させた。成長が早い。真面目さは、才能だ。
――ただ、夕方。
ギルドに戻ると、掲示板の前で、小さな違和感を拾った。
俺たちのパーティー登録票。その端が、破られていた。エルシーさんの募集メモが、いつも破られていたのと、同じ端の、同じ破り方で。
子供っぽい嫌がらせだ。実害はない。ないが――。
俺はその破れ目を、記憶の棚の「保留」に、静かにしまった。




