2-07 死なない準備
パーティーを組んで、最初にやるべきことは何か。
レベリング? 装備更新? 違う。うちの場合は、「死なない準備」である。
「というわけで、今日は依頼を受けません。一日かけて、決めごとと訓練をします」
朝のギルド食堂で宣言すると、エルシーさんは背筋を伸ばして、どこからか小さな帳面を取り出した。表紙に『ゼファーのやくそく』と丁寧な字で書いてある。真面目か。真面目なのだ、この子は。
「まず撤退基準。次のどれか一つでも満たしたら、戦闘の途中でも必ず引きます。一つ、敵の数が事前情報の五割増しを超えたとき。二つ、知らない種類の敵が混ざっていたとき。三つ、俺が『下がる』と言ったとき。四つ――エルシーさんが『嫌な感じがする』と思ったとき」
「わ、私の勘、ですか? そんなの当てになりません……」
「なります。二年間、中級パーティーの回復役として戦場を見てきた人の『嫌な感じ』は、立派な観測データです。遠慮なく申告してください。それで空振りでも、誰も責めません。撤退の空振りは、全部正解なので」
「……はい!」
帳面に、丁寧な字が増えていく。
「次。回復と支援の優先順位、おさらいです。一番はあなた自身。二番が俺。祝福は戦闘開始前に一回、切れたら合図で一回。あとは回復に専念。それと――俺への回復は、遠慮しないでください。かすり傷でも報告して、治せるなら治す」
「かすり傷でも、ですか? ポーションがもったいなくないですか」
「うちのパーティーでは、俺が傷を負った時点で『何かの想定が外れた』ということなんです。傷そのものより、外れた想定のほうが怖い。だから傷は消して、原因を潰します」
「……ハヤトさんって、あんな無茶苦茶な戦い方するのに、変なところ慎重ですよね」
「無茶苦茶に見える戦い方をするために、慎重にやってるんです」
午後は、称号の時間にした。
「エルシーさん、今日から少しずつ、称号を集めましょう。手始めに『健脚』。街の外周の街道を、日暮れまでにあと六周です」
「ろ、六周!? あの、称号って、その、噂の……ハヤトさんが変な人って言われてる原因の……」
「その称号です。言っておきますが、地味に効きますよ。素早さ+0.5%」
「0.5……それ、効いてるんでしょうか……」
「単体では誤差です。でも百個積めば景色が変わります。それにヒーラーの素早さは、そのまま生存率です。速く動けるヒーラーは、死なない。死なないヒーラーは、パーティーを死なせない」
エルシーさんは「ヒーラーは、死なない……」と復唱して、帳面に書き込み、それから覚悟を決めた顔で歩き出した。真面目なのだ、本当に。
三周目あたりで彼女の足が鈍ってきたので、隣に並んで、他愛のない話をした。教会の学び舎のこと。銀狼の牙で覚えた野営料理のこと。俺の毒飲み修行のこと(ドン引きされた)。猫の称号のこと(食いつきがよかった。今度一緒に挨拶回りをすることになった)。
日暮れ前、最後の一周を終えたエルシーさんが、両膝に手をついて叫んだ。
「と、取れました! 健脚! ハヤトさん、取れましたよ!! 私の素早さが、0.5%も上がりました!!」
「おめでとうございます。記念すべき一個目です」
「えへ、えへへ……称号って、嬉しいものなんですね……。私、位階の儀のあと、ステータスの画面を見るの、ずっと嫌いだったんです。祝福の欄を見ちゃうから。……でも今日から、ちょっとだけ好きになれそうです」
夕焼けの街道で笑う彼女を見ながら、俺は内心で、この先の予定表を静かにめくっていた。
彼女に集めてもらいたい称号は、まだまだある。生存系、抵抗系、詠唱系。ヒーラーは、死なない。それが、うちの流儀なので。
「ハヤトさん? どうかしました?」
「いえ。次の称号を考えてました」
「もう!? い、一日一個までにしてください!?」
善処します。




