1-11 麻痺も慣れれば友達
毒の次は、麻痺である。
冒険者の死因ランキング、毒に続く第二位。麻痺そのものでは死なない。動けないところを、囓られて死ぬのだ。地味で、確実で、そして毒より理不尽。だから対策の価値がある。
アルオンには「麻痺状態の累計時間」で取れる耐性称号があった。つまり方針はいつも通り。慣れればいい。
素材は、東のカルム森に生える痺れ茸。薬屋のばあちゃんに注文したら、「今度は茸かい」とだけ言って、翌日にはきっちり揃えてくれた。もう何も聞かないことにしたらしい。おまけに気付け薬がついていた。この街の人は、みんな呆れながら優しい。
手順も、いつも通り。爪の先ほどの欠片から。解除手段と水を枕元に。女将さんへの伝言も忘れない。「昼過ぎまで動かなくても、生きてますので」。伝えたときの女将さんの顔は、やっぱり忘れることにする。
齧った。
……これが、思った以上にきつかった。
毒は痛い。痛いのは、耐えればいい。だが麻痺は、何もできない。指一本、まぶた一枚が言うことを聞かない。ただ天井を見ている。天井の木目を数える。三百四十七本あった。窓辺に蟻が入ってきて、横切って、出ていった。おかえり。いや、いってらっしゃいか。
暇と戦う修行だった。三日目には木目の数え間違いを二箇所発見した。
そして五日目の朝。
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称号「痺れに慣れし者」を獲得
効果:麻痺耐性(小)
状態異常耐性:麻痺 +5%
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起き上がって、指を開いて、閉じた。動く。すばらしい。体が動くというのは、それだけで素晴らしいことなのだ。麻痺に教わった。
――さて。
この数週間で、ギルドでの俺の評判は、おおよそ固まったらしい。
その日の午後、依頼帰りに食堂の隅で飯を食っていたら、隣のテーブルの冒険者たちの話し声が聞こえてきた。
「……例の新人だろ? 角兎の納品が、毎回きれいすぎるって解体場で有名なやつ」
「呪いを放置してるって噂の?」
「それだけじゃねえよ。毒を飲んで、茸も食って、街道をぐるぐる回って、猫に挨拶してるらしい」
「なんだそりゃ。ヤバいやつじゃねえか」
「でも依頼の達成率は満点で、納期も一度も破ってねえんだと。受付のソフィちゃんが言ってた」
「腕は立つのか。……腕は立つ、変人か」
腕は立つ変人。
悪くない落とし所だと思う。目立つ功績もなく、騒ぎも起こさず、ただ着実に依頼をこなす、ちょっと変わった新人。理想的なポジションだ。飯もうまい。今日の日替わりは川魚の香草焼きだった。骨まで食える。
夕方には、五日ぶりにノエル工房へ。
「いらっしゃいませ! あっ、ハヤトさん!」
もう声で分かってもらえるようになった。剣を渡すと、ノエルさんは刃を検めて、じとっと俺を見上げた。
「……前回から五日ですよね? なんでもう、こんなに減ってるんですか」
「角兎を、その、たくさん」
「たくさん斬っても普通こうはなりません! 一匹に何回振ってるんですか!?」
「隙があったので」
「隙があっても普通は一回で斬ります!」
ぷりぷりと怒りながら、それでも彼女の手は、もう研ぎの段取りを始めている。カウンター越しに眺める職人の手際は、何度見ても飽きない。炉の熱気と、砥石の水の音。この時間が、最近ちょっと好きだ。
「……はい、応急の仮研ぎ。本研ぎは明日の夕方に取りに来てください。あと、これ、頼まれてた携帯砥石です。使い方、教えますね」
「助かります」
「常連さんですから!」
えっへん、と胸を張るノエルさんに見送られて、俺は宿への道を歩いた。
毒よし。麻痺よし。装備の面倒を見てくれる職人よし。飯うまし。
土台は、だいぶ固まってきた。
――そろそろ、次の段階に進んでもいい頃だ。




