1-10 これからもあなたに依頼したい
翌日の夕方、ノエル工房の扉を開けると、昨日と同じ鈴の音と、昨日より少し硬い「いらっしゃいませ」が迎えてくれた。
「仕上がってますよ」
カウンターに置かれた俺のショートソードは、別物になっていた。
刃こぼれは跡形もなく、刃線は水のように通り、柄はかっちりと締まっている。握って、軽く振らせてもらう。――重心が、手に吸い付く。研ぎで刃を減らしたぶん、目釘の位置で釣り合いを取り直してある。安物の剣に、そこまでやるか。
「すごいな……新品のときより振りやすい」
「えへへ。お客さんの剣、癖がわかりやすかったので。手数で使う人の剣は、先を軽めに仕立てると疲れにくいんですよ」
「それと――これ、お返しします。助かりました」
借りていた練習剣を、両手で差し出す。
「今日、討伐で使わせてもらいました。この剣、すごいですね。百回以上振って、手がまったく疲れなかった。重心が最後まで生きてました」
「ひゃ、百回……!? えっ、それ練習剣ですよ!? 私の!?」
「はい。正直、返したくなかったです」
ノエルさんは剣と俺の顔を三往復くらい見比べて、それから、耳を赤くしてうつむいた。
「……そんなふうに褒められたの、初めてです」
ノエルさんは嬉しそうに笑って、それから、ちょっと窺うように俺を見た。
「その……変なところ、なかったですか?」
「変なところ?」
「いえ! なければいいんです! 銅貨四十枚になります!」
妙な質問だった。仕事には一点の曇りもないのに。
支払いを済ませて、俺は考えていた。昨日から引っかかっていた、あの空気のことだ。
腕は確か。それは剣が証明している。人当たりだって、見ての通りいい。接客も丁寧で、値段は良心的で、納期は正確。客商売として、何一つ欠けていない。
なのに、客がいない。近所の親父さんの、あの歯切れの悪さ。「腕は、いいんだよ。腕はな」――。
……ああ、そうか。
わかってしまった。彼女、女性だからだ。
鍛冶は力仕事で、男の世界だという顔をした業界だ。小柄な女の子が親方の工房なんて、それだけで客が敬遠する。実力と関係のないところで、値踏みされている。ばかばかしい。剣は嘘をつかないのに。
――と、俺は完全に納得した。我ながら筋の通った推理だった。
「あの、お客さん?」
気づけば、ノエルさんが不思議そうに俺を見上げていた。俺は釣り銭を財布にしまって、まっすぐに言った。
「これからも、あなたに依頼したい」
「……え?」
「俺の剣は、見ての通り減りが早いんです。研ぎも修理も、これから何度も頼むことになる。定期的に持ち込みますから、都度、見てもらえませんか。……その、腕を見込んで」
ノエルさんは、ぽかんと口を開けた。
それから、じわじわと、耳まで赤くなった。
「じょ、常連さんってことですか」
「そうなります」
「私の店の!?」
「あなたの店の」
彼女は両手で頬を挟んで、意味もなくカウンターの中を一往復した。それから深呼吸して、勢いよく頭を下げた。
「……はいっ! よろこんで! 精一杯、務めさせていただきます!」
顔を上げた笑顔が、あんまり眩しかったので、俺はちょっと目をそらした。
正直に白状すると、このとき俺が考えていたことは、こうだ。
――かわいいなあ。
――お近づきになりたいなあ。
――腕も確かだしなあ。
……いや、順番が不純だっただろうか。でも、三つとも本心だ。何より、あれだけの仕事をする職人が正当に評価されていないのは、見ていて据わりが悪い。俺が通えば、少なくとも彼女の仕事は途切れない。
「じゃあ、早速なんですが」
俺は、あらかじめ決めていたように口を開いた。いや、実際、決めていたのだ。
「次は五日後に来ます。それと、砥石のいいやつを一つ見繕っておいてもらえますか。出先での応急用に」
「はい! 任せてください!」
鈴の音に送られて、路地に出る。夕焼けが、細い空を茜色に染めていた。
メンテの通い先が決まった。腕のいい職人の、いい店だ。
なんとなく選んだ路地の、なんとなく入った店だったけれど――いい買い物というのは、案外そういうところに転がっているのかもしれない。




