表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/38

1-10 これからもあなたに依頼したい

 翌日の夕方、ノエル工房の扉を開けると、昨日と同じ鈴の音と、昨日より少し硬い「いらっしゃいませ」が迎えてくれた。


「仕上がってますよ」


 カウンターに置かれた俺のショートソードは、別物になっていた。


 刃こぼれは跡形もなく、刃線は水のように通り、柄はかっちりと締まっている。握って、軽く振らせてもらう。――重心が、手に吸い付く。研ぎで刃を減らしたぶん、目釘の位置で釣り合いを取り直してある。安物の剣に、そこまでやるか。


「すごいな……新品のときより振りやすい」


「えへへ。お客さんの剣、癖がわかりやすかったので。手数で使う人の剣は、先を軽めに仕立てると疲れにくいんですよ」


「それと――これ、お返しします。助かりました」


 借りていた練習剣を、両手で差し出す。


「今日、討伐で使わせてもらいました。この剣、すごいですね。百回以上振って、手がまったく疲れなかった。重心が最後まで生きてました」


「ひゃ、百回……!? えっ、それ練習剣ですよ!? 私の!?」


「はい。正直、返したくなかったです」


 ノエルさんは剣と俺の顔を三往復くらい見比べて、それから、耳を赤くしてうつむいた。


「……そんなふうに褒められたの、初めてです」


 ノエルさんは嬉しそうに笑って、それから、ちょっと窺うように俺を見た。


「その……変なところ、なかったですか?」


「変なところ?」


「いえ! なければいいんです! 銅貨四十枚になります!」


 妙な質問だった。仕事には一点の曇りもないのに。


 支払いを済ませて、俺は考えていた。昨日から引っかかっていた、あの空気のことだ。


 腕は確か。それは剣が証明している。人当たりだって、見ての通りいい。接客も丁寧で、値段は良心的で、納期は正確。客商売として、何一つ欠けていない。


 なのに、客がいない。近所の親父さんの、あの歯切れの悪さ。「腕は、いいんだよ。腕はな」――。


 ……ああ、そうか。


 わかってしまった。彼女、女性だからだ。


 鍛冶は力仕事で、男の世界だという顔をした業界だ。小柄な女の子が親方の工房なんて、それだけで客が敬遠する。実力と関係のないところで、値踏みされている。ばかばかしい。剣は嘘をつかないのに。


 ――と、俺は完全に納得した。我ながら筋の通った推理だった。


「あの、お客さん?」


 気づけば、ノエルさんが不思議そうに俺を見上げていた。俺は釣り銭を財布にしまって、まっすぐに言った。


「これからも、あなたに依頼したい」


「……え?」


「俺の剣は、見ての通り減りが早いんです。研ぎも修理も、これから何度も頼むことになる。定期的に持ち込みますから、都度、見てもらえませんか。……その、腕を見込んで」


 ノエルさんは、ぽかんと口を開けた。


 それから、じわじわと、耳まで赤くなった。


「じょ、常連さんってことですか」


「そうなります」


「私の店の!?」


「あなたの店の」


 彼女は両手で頬を挟んで、意味もなくカウンターの中を一往復した。それから深呼吸して、勢いよく頭を下げた。


「……はいっ! よろこんで! 精一杯、務めさせていただきます!」


 顔を上げた笑顔が、あんまり眩しかったので、俺はちょっと目をそらした。


 正直に白状すると、このとき俺が考えていたことは、こうだ。


 ――かわいいなあ。


 ――お近づきになりたいなあ。


 ――腕も確かだしなあ。


 ……いや、順番が不純だっただろうか。でも、三つとも本心だ。何より、あれだけの仕事をする職人が正当に評価されていないのは、見ていて据わりが悪い。俺が通えば、少なくとも彼女の仕事は途切れない。


「じゃあ、早速なんですが」


 俺は、あらかじめ決めていたように口を開いた。いや、実際、決めていたのだ。


「次は五日後に来ます。それと、砥石のいいやつを一つ見繕っておいてもらえますか。出先での応急用に」


「はい! 任せてください!」


 鈴の音に送られて、路地に出る。夕焼けが、細い空を茜色に染めていた。


 メンテの通い先が決まった。腕のいい職人の、いい店だ。


 なんとなく選んだ路地の、なんとなく入った店だったけれど――いい買い物というのは、案外そういうところに転がっているのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ