1-09 借り物の剣は、よく斬れる
翌朝。受けたのは常設の討伐依頼、「岩場のゴブリン五体」だった。
街の北の岩場に、小さな群れが住み着いているらしい。討伐証明は右耳。駆け出し向けの、地味で堅実な依頼だ。俺にちょうどいい。
道すがら、借り物の練習剣を軽く振ってみる。
「……ん?」
二度、三度と振って、俺は足を止めた。
いい。この剣、ものすごくいい。
飾りは何もない。刃文も地味。なのに、振り抜いた先で剣が「止まりたいところ」と俺の「止めたいところ」が、ぴたりと重なる。重心が芯まで通っていて、手首に嫌な反動がひとつも返ってこない。
これで練習剣。あの人、何者だ。
――さて、岩場に着いた。まずはいつも通り、観察からだ。
岩陰に伏せて、四半刻。群れの数は依頼票より多い、七。うち二匹は寝ている。見張りは一匹、棍棒持ち。風は向かい。地形は、俺の背後が下り坂で、逃げ道は二方向。
アルオンのゴブリンと、配置の癖がほぼ同じだ。なら、初動も同じと仮定して――検証開始。
まず、石をひとつ、見張りの斜め後ろに投げる。
見張りが音に釣られて群れから離れた瞬間、俺は駆けた。
一匹目。振り向く前に、首筋へ浅く二度、返す刃で腱へ一度。倒れる。声は出させない。
二匹目と三匹目が気づく。棍棒を振り上げる――その持ち上げる途中の、腕が一番遅い瞬間に踏み込んで、手首、肘、膝。細かく三度。武器が落ちる。もう一度、首筋。
ゲームと違って、この世界の俺の斬撃は羽のように軽い。ステータスが低いからだ。一撃で倒すことは、できない。
できないなら、回数を振ればいい。
浅くていい。急所と、腱と、目線の通り道。軽い攻撃を、相手の「動作の隙間」に差し込み続ける。敵の攻撃は、来る前に潰すか、来る筋を見てから半歩ずれる。アルオンで一万回死んで覚えた、俺の唯一の取り柄だ。
四匹目、五匹目、同時に来た。いい判断だ。でも、二匹同時の突進は、突進の線が交差する一点がある。その一点の外に立てば、二匹は勝手にぶつかる。ぶつかった。あとは手数。
寝ていた六匹目と七匹目が起きた頃には、もう終わっていた。二匹は顔を見合わせて、森のほうへ逃げていく。深追いはしない。依頼は五体。焦らず、確実に、一件ずつ。
息を整えていると、視界の端に、立て続けにウィンドウが開いた。
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称号「一対多の心得」を獲得
効果:素早さ +0.5%
素早さ:11.13 → 11.19
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称号「百手」を獲得
(条件:一度の戦闘で百回以上攻撃する)
効果:攻撃速度 +0.3%
攻撃速度:1.002 → 1.005
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称号「無傷の狩人」を獲得
効果:回避 +1.0%
回避:8 → 8.08
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「よし……よしよしよし」
戦闘系の称号は、やっぱりこの世界にもある。しかも「百手」。一戦闘で百回攻撃するという、普通のプレイヤーなら一生縁のない称号だ。ちなみに今の戦闘での攻撃回数は、数えていたが百十六回である。ゴブリン五体に、である。我ながらどうかしている。
――ここで、攻撃速度というステータスの話をさせてほしい。
攻撃速度は、レベルを上げても、上がらない。
アルオンの仕様がそうだった。筋力や体力はレベルで伸びる。だが攻撃速度だけは、称号、クエスト報酬の基礎上昇、武器や装備品の効果、そしてバフ。この四つでしか、絶対に上がらない。
だから誰も見向きしなかった。レベリングで自動的に伸びないステータスに、装備枠と手間を割くやつはいない。
だから俺は、拾い続ける。称号を。報酬を。0.3%を。この世界でも、攻撃速度は「積んだ者」だけのステータスだ。
……借りた剣を検分する。百十六回振って、刃こぼれは、わずかに二箇所。俺のショートソードなら二十は欠けている働きだ。刃を沢の水で清めて、丁寧に拭って、鞘に納めた。
誰だ、これを打ったのは――なんて、わかりきったことを、もう一度思う。
夕方、ギルドで右耳五つを納品した。処理と包みが丁寧すぎると、解体場のおじさんに二度見された。ソフィさんには「無傷ですか!? 五体も居て!?」と二度見された。今日はよく二度見される日だ。
さて。
日が沈む前に、行くところがある。楽しみにしていた、剣の受け取りだ。
正直に言おう。この借り物の剣、返したくないくらい、よく斬れる。




