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宮古島ブルー  ~腰痛と牛乳に泣いた夜~   作者: 春凪とおる


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第二話 白の葛藤

下見は、島の海岸線をぐるりと回るコースだった。

有名な浜や岬、橋。

そして、最後に小さな牧場。


観光PRの映像に牧場が必要なのか、最初はわからなかった。

だが、企画書にはこう書かれていた。


「島の色は海だけではない。人の暮らし、食、朝の匂いまで含めて伝える」

きれいごとだ、と思った。


牧場は、島の内側にあった。

白い柵の向こうに、牛が数頭、のんびりと草を食んでいる。


風は海辺より少しやわらかく、土と草の匂いがした。

遠くにはサトウキビ畑が揺れている。


俺は車を降り、カメラを持って歩いた。


「うっ」


一歩目で腰が痛んだ。

二歩目で少し慣れた。

三歩目で、牛の一頭がこちらを見た。

黒い瞳だった。


牧場の奥から、麦わら帽子をかぶった年配の女性が出てきた。


「撮影の人?」

「はい。倉田です。下見で来ました」

「暑いでしょう。腰、大丈夫?」


俺は驚いた。

「わかりますか」


「歩き方でね。痛い人は、かばうから」

ミヨと名乗った女性はそう言って笑った。

牧場は、息子夫婦と一緒にやっているのだと言った。


「牛乳、飲む?」


ミヨは当然のように聞いた。

一瞬、断ろうとした。


今朝飲んだばかりだし、仕事中だ。

だが、断りづらい。


「いただきます」


小さな作業小屋の中で出された牛乳は、ホテルの冷蔵庫で飲んだものとは違っていた。


濃いな!


けれど重たくない。

丸みと。

あとから、ほのかな甘み。


俺は思わずグラスを見た。


「おいしいです」

「でしょう」


ミヨは少し得意げに笑った。 


「昔はね、牛乳なんて毎日飲むものだったよ。今は飲まない人も増えたけど」

「普段はあまり」


「都会の人は忙しいからね。」

「まぁ、確かに」


「噛まないし、飲まないし、息もしない」

「はは、息はしています」

「浅いさ」


俺は返事に困った。


ミヨは外に目を向けた。

牛たちが尻尾を振りながら、草を食べている。


「海を撮りに来たんでしょう」

「はい」


「宮古島ブルーね」

その言葉を、ミヨは少しおかしそうに言った。


「嫌いですか、その言い方」

「嫌いじゃないよ。きれいだもの。でもね、青だけ見て帰る人が多いから」


「青だけ?」

「海は青い。でも牛乳は白い。

 畑は緑、土は赤。

 人は日に焼けるし、台風の時は空が変になる。

 島は、青だけじゃないよ」


俺は黙って聞いていた。

企画書にもあった。


けれど、紙の上の言葉とは違っていた。

ミヨの声には、観光客が去った後の静けさを知っている人の重みがあった。


「倉田さんは、何を撮る人?」

「いろいろです、編集も」


画のどこを切り取るか、それが仕事だった。


光の角度。波の形。

風に揺れる髪。


子どもが振り返る一瞬。

映し出した世界は流れていく。


その中から刹那の一枚を。

まばたきの、その1秒を切り取る。


牧場を出るころ、腰の痛みはまだあった。

でも、少しだけ体の芯が温かかった。


俺は海へ向かった。

与那覇前浜の砂は、驚くほど白かった。


足を踏み入れると、細かな粒が靴の底に沈む。

海は遠浅で、空の色を映している。

沖へ行くほど、青を濃くしていた。


カメラを構えた。

だが、なかなかシャッターを切れなかった。


美しすぎるものを撮るのは難しい。

どこを切り取っても絵になる。


だからこそ、どこを切り取っても嘘になる気がした。

俺の頭にはミヨの言葉が残っていた。

 

島は、青だけじゃないよ。 


カメラを下げ、砂浜に座った。

腰が悲鳴を上げた。


「痛っ……」


情けない声が漏れる。

誰も見ていないのに、俺は苦笑した。


仕事で来た。

青を、この広がりを撮らなければならない。


けれど、自分が何を撮りたいのかわからなくなっていた。


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