第九話 静かな場所で
石造りの回廊に、足音が静かに響く。
修道院。
華やかさとは無縁の場所。
白い壁。
質素な衣。
決められた時間。
決められた祈り。
ミレーヌは、小さな部屋の中にいた。
窓はある。
だが、見えるのは空だけだ。
「……」
ベッドに腰掛けたまま、
手を見つめる。
かつては、飾っていた指先。
今は何もない。
ふと、笑いがこぼれた。
「……馬鹿みたい」
小さく呟く。
誰もいない部屋。
返事はない。
思い出す。
あの日のこと。
舞踏会。
光。
音楽。
そして――
銀の髪の令嬢。
(……リディア様)
名前が浮かぶ。
あの時。
隣にいたのは、自分だった。
少し手を伸ばせば、
届く場所にいた。
「……違うわね」
首を振る。
違う。
最初から。
立っている場所が、違った。
それなのに――
「……欲しかったのよ」
ぽつりと漏れる。
羨ましかった。
選ばれる側。
守られる側。
光の中にいる存在。
だから――
手を伸ばした。
少しでも近づけると思って。
だが、その結果は。
「……ここ」
乾いた笑いがこぼれる。
修道院。
すべてが奪われた場所。
何も残っていない。
ミレーヌは、ゆっくりと立ち上がる。
窓へ歩く。
空を見上げる。
ただ、青い。
変わらない。
(……あの人は)
もう、遠い。
手の届かない場所。
そして――
その隣にいるのも、
自分ではない。
「……当然ね」
静かに呟く。
責める気持ちは、もうない。
ただ――
理解している。
「選んだのは、私だもの」
その一言。
それですべてだった。
ミレーヌは、目を閉じる。
祈りの時間が近い。
鐘の音が、遠くで鳴り始める。
もう、戻れない。
だが――
それでも。
(……生きていくしかない)
ゆっくりと息を吐く。
そして、
静かに歩き出した。
与えられた場所の中で。
与えられた人生を。
受け入れるために。




