第八話 届かない距離
グランベルク伯爵邸。
応接室には、重苦しい空気が満ちていた。
アルフレッドは立ったまま、視線を落としている。
向かいに座るのは――
父である伯爵。
その表情に、感情はない。
「……聞いたか」
低く、静かな声。
アルフレッドの肩が、わずかに揺れる。
「……はい」
かすれた返答。
伯爵は淡々と続けた。
「アルヴェルン伯爵令嬢」
一拍。
「王宮料理顧問に任命されたそうだ」
アルフレッドは何も言えない。
さらに。
「ヴァルディーク公爵家の嫡男との婚姻も」
「王の前で認められた」
その言葉が、静かに落ちる。
現実だけが、そこにあった。
アルフレッドは拳を握る。
「……そんな」
だが――
その声に力はない。
伯爵は冷たく言い放つ。
「何を驚く」
視線が鋭くなる。
「お前が、手放したのだろう」
その一言。
呼吸が止まる。
伯爵は続ける。
「アルヴェルン家の娘は希少な力を持つ」
「本来であれば、我が家に迎えるべき存在だった」
静かな怒り。
だが、それもすでに過去の話だ。
「それを」
「お前は、自ら捨てた」
断罪。
逃げ場はない。
沈黙が落ちる。
やがて――
伯爵は、ふと視線を外した。
「ダグラス侯爵家は取り潰された」
淡々とした事実。
だが、その意味は重い。
「空いた席は、他家が埋める」
アルフレッドの目が、わずかに揺れる。
「アルヴェルン家の嫡男――レオン」
「次期侯爵として動くことになるだろう」
その言葉は、静かに突き刺さった。
かつて同等だったはずの家が、
自分を追い越していく。
伯爵は続ける。
「一方で、お前だ」
冷たい視線。
「婚約は破棄済み」
「カストラ家の娘も、すでに修道院送り」
完全に道は断たれている。
「残るのは」
一拍。
「同格以下の家との縁談のみだ」
その言葉が、静かに落ちた。
アルフレッドの指先が、震える。
(……違う)
否定したい。
だが――
できない。
思い出す。
舞踏会で見た姿。
銀の髪の少女。
そして、その隣に立つ男。
もう、自分の知る距離ではない。
届かない。
完全に。
伯爵は最後に言った。
「もう関わるな」
短い命令。
「我が家の損失は、これ以上許さぬ」
それで終わりだった。
アルフレッドは、何も言えない。
すべてが遅い。
すべてが終わっている。
かつて手にしていた未来は――
もう、二度と戻らない。
静かに。
だが確実に。
彼は、その場から外れていた。




