第十七話 選ばせない意思
「リディア嬢」
振り向いた先にいたのは、カイルだった。
その瞳は、まっすぐにこちらを捉えている。
先ほどと同じはずなのに――
違う。
迷いが、完全に消えている。
リディアの胸が、大きく鳴る。
「カイル様……」
思わず、声が少しだけ揺れた。
カイルはゆっくりと歩み寄る。
その距離は、ためらいなく詰められる。
先ほどよりも、近い。
「少し、お時間を」
落ち着いた声。
だが、その中に迷いはない。
リディアは、ほんの一瞬だけ迷う。
けれど――
「……はい」
頷いていた。
カイルはそれを確認すると、静かに歩き出す。
人目の少ない回廊へ。
先ほどとは違う。
今度は、完全に二人きりだ。
足を止める。
静寂が落ちる。
カイルは振り返り、リディアを見た。
逃げ場のない距離。
そのまま、口を開く。
「先ほどの話ですが」
低く、静かな声。
リディアの呼吸が、わずかに乱れる。
「……はい」
小さく答える。
カイルは一歩だけ距離を詰めた。
もう、すぐ目の前だ。
「迷っているのは、分かります」
断言だった。
リディアは、言葉を失う。
見透かされている。
だが――
嫌ではない。
カイルは続ける。
「ですが」
一拍置く。
その瞳が、さらに真っ直ぐになる。
「選ばせるつもりはありません」
その言葉に、リディアの瞳が大きく揺れた。
「……え?」
思わず声が漏れる。
カイルは静かに言う。
「他の選択肢を」
「考える必要はありません」
逃げ道を、塞ぐ言葉。
だが――
強引ではない。
ただ、真っ直ぐだ。
リディアの心臓が強く鳴る。
「……そんな」
否定しようとする。
だが、言葉が続かない。
カイルは、わずかに目を細めた。
「嫌ですか」
静かな問い。
だが、その奥にはわずかな緊張がある。
リディアは息を呑む。
そして――
首を横に振っていた。
「……いいえ」
小さく、だが確かに。
その答えを聞いた瞬間。
カイルの瞳が、わずかに和らいだ。
ほんの一瞬だけ。
だが、確かに。
次の瞬間。
その手が、そっとリディアの手を取る。
今度は、迷いなく。
はっきりと。
「では」
低く、静かな声。
「私が決めます」
その言葉は――
宣言だった。
リディアの思考が止まる。
だが、不思議と恐れはない。
むしろ――
(……安心する)
その感情に、自分でも驚く。
カイルは手を離さない。
ただ、まっすぐに見つめている。
その瞳には、揺らぎはなかった。
「必ず」
一拍置く。
「私のもとへ来ていただきます」
逃げ道はない。
だが――
拒む気もない。
リディアの胸が、静かに熱を帯びる。
その瞬間。
彼女の中で、何かが確かに変わった。
まだ、言葉にはならない。
けれど――
もう、後戻りはできない。
二人の距離は、完全に変わっていた。




