第十六話 余裕と焦燥
王宮の中庭は、穏やかな光に包まれていた。
風が柔らかく吹き抜け、木々の葉が静かに揺れる。
その中で――
リディアは一人、歩いていた。
まだ胸の奥が落ち着かない。
(……どうして)
考えようとするほど、まとまらない。
その時だった。
「リディア嬢」
低く、穏やかな声。
リディアは足を止めた。
振り向く。
そこに立っていたのは――
王弟アルベルトだった。
「王弟殿下」
リディアはすぐに一礼する。
アルベルトは軽く頷いた。
そのまま、ゆっくりと歩み寄る。
「先ほどの様子は、少し目立っていたな」
穏やかな声音。
だが、その視線はすべてを見ている。
リディアの呼吸が、わずかに揺れる。
「……申し訳ございません」
静かに答える。
アルベルトは小さく首を振った。
「責めているわけではない」
一拍置く。
そして、わずかに口元を緩めた。
「むしろ――」
「興味深かった」
その言葉に、リディアは一瞬だけ目を瞬かせる。
アルベルトは続ける。
「君は、あの距離でも逃げなかった」
静かな指摘。
だが、的確だった。
リディアの胸が、わずかに跳ねる。
「……」
言葉が出ない。
アルベルトはそんな様子を見て、くすりと笑った。
「分かりやすいな」
からかうような響き。
だが、どこか余裕がある。
そして――
ほんのわずかに距離を詰める。
「だが」
声が低くなる。
「それは、選ばれる側の態度だ」
リディアの瞳が、わずかに揺れた。
アルベルトは続ける。
「王宮顧問の話が出ている」
「婚約の話も」
静かに言う。
「君は、どうする?」
問いかけ。
だが――
急かすものではない。
余裕のある、問い。
リディアは一瞬だけ視線を伏せる。
答えは、まだ出ていない。
けれど。
「……自分で、決めたいと思います」
小さく、しかしはっきりと答えた。
アルベルトはその言葉を聞いて、静かに目を細めた。
「そうか」
短く言う。
そして、わずかに視線を外した。
「ならば」
一拍置く。
「焦る必要はない」
穏やかな声。
包み込むような響き。
「選ぶ時間はある」
その言葉は、余裕そのものだった。
リディアの胸が、わずかに揺れる。
安心するような。
けれど――
どこか、物足りないような。
アルベルトはそれ以上は何も言わず、ゆるやかに背を向けた。
そのまま歩き去っていく。
その背は、あくまで余裕に満ちていた。
――その直後。
「リディア嬢」
別の声が、重なるように響いた。
リディアの心臓が、大きく跳ねる。
振り向く。
そこにいたのは――
カイルだった。




