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婚約破棄された伯爵令嬢が、王女の侍女になって王宮の食事改革を始めました  作者: 絵宮 芳緒
第八章 揺れる想い

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第十四話 揺れる心の行方

回廊を離れた後も――


リディアの胸の奥は、落ち着かなかった。


足は自然と厨房へ戻っている。


見慣れた場所。


香草の香り。


鍋の湯気。


いつもと変わらないはずの光景。


それなのに――


(……おかしい)


手が、うまく動かない。


包丁を持つ指先が、わずかに震える。


(どうして、こんな)


理由は分かっている。


分かっているのに、整理がつかない。


「手放すつもりはありません」


その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


低く、静かな声。


逃げ場のない響き。


(……あれは)


ただの言葉ではない。


分かっている。


あれは――


意思だ。


「リディア様?」


不意に声をかけられ、はっとする。


振り向くと、料理人が心配そうに見ていた。


「少し顔色が……」


「いえ」


すぐに微笑む。


「大丈夫です」


そう答える。


だが、その声は少しだけ柔らかかった。


いつもよりも。


料理人は少し首を傾げながらも、仕事へ戻っていく。


一人になる。


その瞬間。


小さく、息を吐いた。


(……どうして)


胸に手を当てる。


心臓の音が、まだ早い。


カイルの視線。


あの距離。


触れられた手の感触。


すべてが、消えない。


(……嫌では、なかった)


ぽつりと、心の中で呟く。


否定できない。


むしろ――


(……嬉しかった?)


その考えに、息が止まる。


そんなはずはない、と言いかけて。


言えなかった。


否定できない。


(私は……)


思考が、そこで止まる。


答えに触れそうになると、うまく考えられない。


ただ一つ、確かなのは――


あの言葉を、拒みたいとは思わなかったこと。


それどころか。


(……来て、くれて)


ふと、思い出す。


扉が開いた瞬間。


姿を見た時の、あの安堵。


自然と浮かんだ言葉。


「お待ちしておりました」


あれは――


偽りではなかった。


無意識だった。


だからこそ、本音だった。


リディアは、ゆっくりと目を閉じる。


(……私は)


まだ、分からない。


この感情が何なのか。


どう答えればいいのか。


けれど――


一つだけ、確かなことがある。


(……逃げたくない)


静かに、目を開ける。


その瞳は、ほんの少しだけ強くなっていた。


揺れている。


だが――


確かに、前へ進もうとしていた。

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