第十話 静かな牽制
王宮の回廊は、穏やかな静けさに包まれていた。
窓から差し込む光が、白い床にやわらかく広がっている。
その中を、カイルは歩いていた。
一定の歩幅。
乱れのない足取り。
だが、その内側には――
まだ熱が残っている。
その時だった。
「ヴァルディーク公爵子息」
不意に、声がかかる。
低く、落ち着いた声。
カイルは足を止めた。
振り向く。
そこに立っていたのは――
王弟アルベルトだった。
「王弟殿下」
カイルは静かに一礼する。
アルベルトは軽く頷いた。
そのまま、ゆっくりと歩み寄る。
二人の間に、わずかな距離。
だが、その空気は張り詰めている。
アルベルトはカイルを見た。
まっすぐに。
だが、感情は読み取れない。
「先ほどは」
静かに口を開く。
「少し、目立っていたな」
穏やかな声音。
だが、その言葉は正確に核心を突いていた。
カイルの視線が、わずかに鋭くなる。
「ご指摘、ありがとうございます」
形式通りの言葉。
だが、その奥には何も引いていない。
アルベルトは小さく笑う。
ほんのわずかに。
「いや」
首を横に振る。
「若い者は、それくらいでいい」
軽い言葉だった。
だが――
そこに含まれる意味は軽くない。
カイルは何も言わない。
ただ、視線を逸らさずにいる。
アルベルトは続ける。
「ただ」
一拍置く。
空気が、わずかに変わる。
「場所を選べ」
その一言。
静かに落とされた言葉。
だが、それだけで十分だった。
王宮。
王家の目。
すべてを含んだ、警告。
カイルは一瞬だけ沈黙する。
そして――
ゆっくりと口を開いた。
「……ご忠告、痛み入ります」
カイルは静かに答える。
その声音は、あくまで穏やかだった。
だが――
その瞳は、まっすぐにアルベルトを見据えている。
「ですが」
一拍置く。
「控えるつもりはありません」
空気が、わずかに張り詰める。
礼を崩さない。
だが、退く気もない。
その意思だけが、はっきりと伝わっていた。
アルベルトはカイルを見た。
しばしの沈黙。
そして――
ふっと笑った。
「そうか」
短く言う。
それ以上は何も言わない。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、受け入れた。
その態度が、何よりも重い。
アルベルトは視線を外す。
そのまま、すれ違うように歩き出した。
すれ違う瞬間。
ほんのわずかに、足を止める。
「ならば」
振り返らずに言う。
「結果で示せ」
静かな声。
だが、それは命令ではない。
試すような響きだった。
そして、そのまま去っていく。
足音が遠ざかる。
再び、静寂が戻る。
カイルはその場に立ったまま、動かない。
やがて――
小さく息を吐いた。
「……望むところです」
低く呟く。
その瞳に、迷いはなかった。
静かに。
だが確実に。
――譲るつもりはない。
火は、消えていない。
むしろ――
さらに強く、燃え上がっていた。




