第七話 王弟の余裕
廊下に、静寂が残っていた。
カイルの言葉の余韻が、まだ消えない。
リディアは、動けずにいた。
胸の奥で、何かが強く揺れている。
その時だった。
「――楽しそうだな」
低く、落ち着いた声が響く。
空気が、わずかに変わる。
カイルが振り返る。
そこに立っていたのは――
王弟アルベルトだった。
銀に近い髪。
静かな青の瞳。
その表情は穏やかだが、どこか余裕がある。
「王弟殿下」
カイルは一歩下がり、軽く一礼する。
だがその視線は、わずかも逸らさない。
アルベルトはゆっくりと二人へ歩み寄る。
視線は、自然にリディアへ向けられていた。
「リディア嬢」
柔らかな声で呼ぶ。
「少し話をしよう。時間はあるか」
穏やかな言葉だった。
だが――
断るという選択肢は存在しない。
リディアは一瞬だけ戸惑う。
だがすぐに、静かに頭を下げた。
「承知いたしました」
そのやり取りを、カイルは黙って見ていた。
表情は変わらない。
だが――
その指先が、わずかに強く握られている。
アルベルトはリディアへ手を差し出す。
自然な動作。
慣れた所作。
リディアはその手を取る。
その瞬間。
カイルの視線が、わずかに鋭くなった。
アルベルトは気づいている。
だが何も言わない。
ただ、静かに微笑む。
「先ほどの夜会では、ゆっくり話せなかったのでな」
歩き出しながら言う。
その声音は穏やかだ。
だが――
どこか意味を含んでいる。
リディアはわずかに目を瞬かせる。
「はい……」
戸惑いが残る声だった。
背後で、カイルは動かない。
ただ、二人の後ろ姿を見ている。
去っていく距離。
触れていたはずの温もりが、消えていく。
その時。
アルベルトが、ふと振り返った。
視線がカイルと交わる。
ほんの一瞬。
だが、はっきりと。
静かな火花が散る。
そして――
アルベルトは何事もなかったかのように前を向いた。
そのまま、リディアを連れて歩いていく。
廊下に残されたカイルは、ゆっくりと息を吐いた。
「……王弟殿下、ですか」
低く呟く。
その瞳には、先ほどまでとは違う色が宿っていた。
抑えていたものが、静かに形を変えていく。
「……面白くない」
その言葉は、小さく――
だが、確かに熱を帯びていた。




