第四話 社交界のざわめき
王宮夜会の翌日。
王都の貴族街は、いつになく騒がしかった。
「聞いたか?」
「王宮での話だ」
「例の侍女――アルヴェルン伯爵令嬢が」
「料理顧問に、だと?」
ざわめきが、あちこちで広がっている。
サロンでも、馬車の中でも、同じ話題が繰り返されていた。
「ただの侍女ではなかったということか」
「王女殿下が引き上げたと聞く」
「それだけではない」
声を潜めて言う者もいる。
「陛下が裁可されたらしい」
その一言で、空気が変わる。
「……それは、確かなのか?」
「噂だが、否定はされていない」
貴族たちは顔を見合わせた。
王の裁可。
それは、単なる噂では済まない意味を持つ。
王宮の決定。
すなわち――
国が認めたということ。
「となると……」
一人が呟く。
「立場が変わるな」
「ええ」
別の者が頷く。
「侍女ではない」
「王宮に置かれる存在だ」
その言葉に、別の意味が滲む。
「……婚約者候補か」
空気が、ぴたりと止まった。
「あり得るな」
「伯爵家とはいえ、王家が認めるなら……」
「むしろ、格は十分だ」
ざわめきが、一段と強くなる。
その頃――
ある邸宅の一室でも、同じ話が交わされていた。
「面白くないわ」
不機嫌な声。
イザベラ・フォン・ダグラスだった。
扇を閉じ、苛立ちを隠さない。
「ただの侍女が」
「どうしてそこまで――」
その向かいで、兄のルーカスがグラスを傾ける。
「落ち着け」
軽い声だった。
だが、その瞳は鋭い。
「……話が大きくなってきたな」
小さく呟く。
「王の裁可、か」
イザベラは眉をひそめる。
「本当なのですか?」
ルーカスは肩をすくめた。
「さあな」
だが、その口元はわずかに歪んでいた。
「だが――」
グラスを軽く回す。
「火のないところに煙は立たない」
視線を窓の外へ向ける。
王都の空。
その向こうにある王宮。
「……面白い」
低く呟く。
その声には、はっきりとした興味が混じっていた。
「ならば」
ゆっくりと笑う。
「手に入れる価値も、上がったということだ」
イザベラの目がわずかに光る。
社交界のざわめきは、止まらない。
そしてその中心には――
一人の令嬢の名があった。
リディア・フォン・アルヴェルン。
その存在は今、
静かに――
だが確実に、価値を変え始めていた。




