第三話 王宮の決定
王宮の一室。
重厚な扉に守られたその部屋には、静かな緊張が満ちていた。
長いテーブル。
その上には、書類が整然と並べられている。
部屋にいるのは――
第二王女アリアナ。
皇太子レオナルト。
そして一人の男。
ヴァルディーク公爵。
王国の宰相である。
「厨房からの報告は、以上です」
控えていた侍従が一礼し、部屋を下がる。
静寂が落ちる。
アリアナがゆっくりと口を開いた。
「……思った以上ね」
その声には、わずかな興味が滲んでいた。
レオナルトは椅子にもたれながら笑う。
「現場がそこまで言うのなら、本物だろう」
宰相は書類に目を落としたまま、淡々と答えた。
「副料理長と料理長、双方の意見が一致しております」
「軽視は出来ません」
その声は冷静だった。
だが、確かな重みがあった。
アリアナは指先でカップをなぞる。
「ただの侍女では、もう収まらない……ということね」
「ええ」
宰相は短く頷いた。
「王宮の料理顧問として迎えるのが妥当かと」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
レオナルトは楽しそうに目を細めた。
「随分と大きく出たな」
宰相は静かに視線を上げる。
「才能は、適切な位置に置くべきです」
その一言は、揺るがなかった。
アリアナはくすりと笑う。
「いいわ」
「正式に話を進めましょう」
その時だった。
「……決まったようだな」
低い声が響く。
王弟アルベルトが、静かに部屋へ入ってくる。
銀灰色の髪が、わずかに揺れた。
レオナルトは軽く笑う。
「ちょうどいいところだ」
アリアナは肩をすくめる。
「あなたの意見も聞きたいわ」
アルベルトは一瞬だけ沈黙し、短く答える。
「異論はない」
それだけだった。
だが、その一言には十分な重みがあった。
やがて、彼は続ける。
「……ただし」
全員の視線が集まる。
「立場が変わる」
その言葉に、場の空気がわずかに引き締まる。
侍女ではなくなる。
王宮で役職を持つ存在になる。
それは――
貴族社会においても、無視できない意味を持つ。
レオナルトはくすりと笑った。
「そうなると、周りも放っておかないだろうな」
アリアナは意味深に目を細める。
「ええ」
「むしろ、ここからが本番ね」
宰相は静かに言った。
「婚約者候補として名が上がる可能性もあります」
その言葉に、空気がわずかに張り詰める。
一瞬の沈黙。
レオナルトは楽しそうに笑った。
「面白い」
アリアナも小さく頷く。
「確かに」
その中で――
アルベルトだけが何も言わなかった。
ただ静かに視線を落とす。
(……なるほど)
心の中で、短く呟く。
やがて顔を上げた。
その瞳は、わずかに細められていた。
「……悪くない」
誰にも聞こえないほどの、小さな声だった。
その決定は、すぐに国王のもとへ届けられた。
王は書類に目を通し、静かに目を細める。
「……アルヴェルン伯爵家の娘か」
低く呟く。
ふと、昨夜の夜会の光景が脳裏に浮かんだ。
銀の髪の令嬢。
静かな佇まい。
どこか――
見覚えのある面影。
その時だった。
「陛下」
柔らかな声が、室内に響く。
振り向くと、そこには王妃が立っていた。
王妃は微笑みながら言う。
「昨夜のあの娘……」
「どこか、似ていると思いませんか?」
王はわずかに目を細める。
「……ああ」
短く答える。
「数代前の王女に、な」
その言葉に、王妃は静かに頷いた。
「やはり」
しばしの沈黙。
やがて王は、書類を閉じる。
「よかろう」
低い声だった。
だが、その一言には絶対の重みがあった。
「話を進めよ」
王の裁可は、静かに下された。
それは――
一人の令嬢の運命を、大きく動かす決定となる。




