第二話 厨房の評価
王宮の厨房には、朝の忙しさが満ちていた。
鍋の音。
包丁のリズム。
立ち上る湯気と香り。
その中で――
一人、静かに味見をしている男がいた。
副料理長セドリックである。
「……」
スプーンを口に運び、わずかに目を細める。
「どうです?」
若い料理人が不安そうに尋ねる。
セドリックは一度、鍋を見た。
そして短く言う。
「悪くない」
その言葉に、周囲がほっとしたように息をつく。
だが――
「だが、足りないな」
空気が引き締まる。
「火の通し方が浅い」
「香草も、ただ入れているだけだ」
淡々とした口調だった。
「引き出せていない」
その言葉に、誰も何も言えなくなる。
しばらくの沈黙。
やがて、一人がぽつりと呟いた。
「……リディア様なら」
その名前に、空気がわずかに揺れる。
セドリックは何も言わなかった。
だが、その沈黙が答えだった。
別の料理人が言う。
「同じ材料なのに、全然違うんですよね」
「香りも、味も……」
「まるで別の料理みたいで」
セドリックはゆっくりとスプーンを置いた。
「当然だ」
短く言う。
「見ている場所が違う」
料理人たちが息を呑む。
その時だった。
奥から、低く落ち着いた声が響く。
「……その通りだ」
振り向くと、そこに立っていたのは料理長だった。
年季の入った白衣。
静かな威圧感をまとった男。
厨房の頂点に立つ者である。
料理人たちは一斉に姿勢を正した。
「料理長」
料理長は鍋を覗き込む。
そして、ひと口味を見る。
「……なるほど」
低く呟く。
「確かに、悪くはない」
だがすぐに続けた。
「だが、“届いていない”」
静かな声だった。
だが、その場の空気を支配する力があった。
料理長はゆっくりと顔を上げる。
「アルヴェルン伯爵令嬢」
その名を口にする。
「……あの方は、別だ」
誰も反論しない。
出来ない。
料理長は続けた。
「技術ではない」
「感覚でもない」
一拍置く。
「……本質を見ている」
その言葉に、セドリックの目がわずかに細められた。
料理長は静かに言う。
「副料理長」
「はい」
セドリックが応じる。
「お前は、どう思う」
セドリックは迷わなかった。
「王宮に置くべきです」
短く、断言する。
厨房に緊張が走る。
料理長は一瞬だけ黙った。
そして、ゆっくりと頷く。
「同意だ」
その一言で、全てが決まった。
「上に話を通す」
静かに告げる。
「このまま侍女として扱うのは、無駄だ」
その言葉は、重かった。
王宮の厨房。
その頂点に立つ者の判断。
それは――
一人の令嬢の立場を、大きく変える決定となる。




