第八話 夜会の余韻
夜会の音楽は、ゆるやかに終わりへ向かっていた。
華やかな大広間にも、少しずつ落ち着いた空気が戻り始めている。
貴族たちはグラスを手に談笑し、ダンスの輪もまばらになっていた。
その中で――
リディアは窓辺に立ち、静かな夜の庭を眺めていた。
灯りに照らされた噴水が、柔らかく輝いている。
その時だった。
「ここにいらしたのですね」
落ち着いた声が背後から聞こえた。
振り向くと、カイルが立っていた。
黒髪に、濃い青の瞳。
いつもの冷静な表情だったが、その視線はどこか柔らかい。
リディアは小さく微笑む。
「少し風に当たろうと思いまして」
カイルは窓の外へ視線を向けた。
「今夜は、随分と注目されていましたから」
わずかに苦笑する。
「皇太子殿下に、王弟殿下」
そして一拍置いた。
「……私まで」
リディアはくすりと笑う。
「皆さまが踊ってくださったのですから」
「仕方ありません」
カイルは静かに息をついた。
「仕方ない、ですか」
その声には、ほんのわずかな不満が混じっていた。
リディアは不思議そうに首を傾げる。
「ヴァルディーク様?」
カイルは一瞬だけ視線を逸らす。
そして、小さく言った。
「……少し」
間を置く。
「取り合いのようでした」
リディアは思わず目を瞬かせた。
だがすぐに、小さく笑う。
「そんなことはありません」
カイルは何も言わなかった。
ただ、静かにリディアを見る。
銀の髪。
柔らかな表情。
灯りに照らされる姿は、今夜の夜会でもひときわ目を引いていた。
やがてカイルは、ふっと息をつく。
「……あれ以上は、さすがに落ち着きませんので」
リディアは少し驚いたように目を瞬かせる。
「え……?」
カイルはわずかに視線を逸らした。
「王弟殿下に、皇太子殿下までいらっしゃいましたから」
落ち着いた声だったが――
ほんのわずかに、本音が混じっていた。
リディアは一瞬だけ考え、
そして、くすりと笑った。
「そうかもしれませんね」
その笑みに、カイルの表情がわずかに緩む。
遠くでは、まだ夜会の音楽が続いている。
だがこの窓辺だけは、どこか静かな空気に包まれていた。




