第七話 気づいている者たち
夜会の音楽は、まだ穏やかに続いていた。
大広間の端。
皇太子レオナルトはグラスを手に、ダンスの輪を眺めていた。
その隣には、一人の令嬢が立っている。
クラリス・フォン・ローゼンベルク。
黒髪に青い瞳の、公爵令嬢だった。
クラリスはくすりと笑う。
「随分と楽しそうですね」
レオナルトは肩をすくめた。
「そう見えるかい?」
「ええ」
クラリスは扇で口元を隠しながら言う。
「先ほどからずっと、同じ方向をご覧になっています」
レオナルトは小さく笑った。
視線の先には――
ダンスを終えたばかりの二人の姿。
リディアとカイル。
カイルは落ち着いた様子を保っているが、その視線はどこか柔らかい。
クラリスは小さく頷いた。
「なるほど」
「そういうことですのね」
レオナルトは楽しそうに言う。
「分かるかい?」
クラリスはさらりと答える。
「公爵家の者ですもの」
「それくらいは」
レオナルトは思わず笑った。
「確かに」
そしてグラスを軽く揺らす。
「しかし、あの男も分かりやすい」
クラリスは扇を閉じた。
「少し焦っているようでしたね」
「王弟殿下と私が踊りましたから」
レオナルトはくすくす笑う。
「まあ、少し煽ったのは私だ」
クラリスは目を細めた。
「殿下は本当に楽しそうですわ」
レオナルトは軽く肩をすくめる。
「恋の始まりというのは、見ていて面白い」
そして視線を再び会場へ向けた。
銀の髪の少女。
その隣に立つ黒髪の青年。
二人の距離は、まだほんのわずかに遠い。
だが――
レオナルトは静かに呟いた。
「時間の問題だな」
クラリスも同じ方向を見て、小さく微笑む。
「ええ」
「そう思います」
王宮夜会の音楽は、まだ続いていた。
そしてその中心で――
新しい噂が、静かに生まれ始めていた。




