第六話 公爵家の瞳
皇太子レオナルトが一歩下がる。
その視線の先には、黒髪の青年が立っていた。
ヴァルディーク公爵家の嫡男――カイル。
レオナルトは楽しそうに肩をすくめる。
「では、私はここまでにしておこう」
軽く笑う。
「次は君の番だ」
カイルは一瞬だけ黙った。
だがすぐに、リディアへ手を差し出す。
「リディア嬢」
落ち着いた声だった。
「次のダンスを、お願いしてもよろしいでしょうか」
リディアは静かに微笑む。
「喜んで」
そっと手を重ねる。
音楽が変わる。
ゆったりとしたワルツが流れ始めた。
二人はダンスの輪へ入る。
カイルの動きは、静かで正確だった。
派手さはない。
だが、確かな安定感がある。
リディアは自然と歩調を合わせた。
しばらく踊ったあと、カイルが小さく言う。
「……今日は」
一拍置く。
「随分と忙しい夜ですね」
その声には、わずかな苦笑が混じっていた。
リディアは少し困ったように笑う。
「私も、ここまでになるとは思っていませんでした」
カイルは短く息をつく。
そして、ふと視線を落とした。
リディアのドレス。
深い青。
夜の湖のような、静かな色。
カイルの瞳と、よく似た色だった。
「そのドレス」
低い声で言う。
「よく似合っています」
リディアは少し驚いたように目を瞬かせた。
「ありがとうございます」
そして、ふと首を傾げる。
「不思議ですね」
「この色……どこか落ち着く気がします」
カイルは一瞬だけ黙った。
ほんのわずかに、視線を逸らす。
「……そうですか」
それだけ言う。
だがその声は、どこか満足そうだった。
音楽が続く。
二人は静かに踊り続ける。
やがて、曲が終わった。
カイルはゆっくりとリディアの手を離す。
そして、静かに言った。
「……今日は」
ほんの少しだけ声を落とす。
「他の方に取られ過ぎですね」
リディアは思わず目を瞬かせた。
その言葉には、冗談のようでいて――
わずかな独占欲が混じっていた。
だがカイルは、すぐにいつもの表情に戻る。
「ですが」
落ち着いた声で続ける。
「最後に踊れたので、良しとしましょう」
リディアはくすりと笑った。
「そうですね」
その様子を、少し離れた場所から皇太子レオナルトが見ていた。
腕を組み、楽しそうに笑う。
「やれやれ」
小さく呟く。
「やっと動いたか」
その視線の先では――
カイルの隣で、リディアが穏やかに微笑んでいた。




