第五話 皇太子の微笑み
王弟アルベルトとのダンスが終わると、音楽がゆるやかに途切れた。
リディアは静かに一礼する。
「ありがとうございました」
アルベルトはわずかに頷いた。
「見事なダンスだった」
短くそう言い、静かに手を離す。
その時だった。
「次は私かな」
軽やかな声が背後から聞こえた。
振り向くと、そこに立っていたのは皇太子レオナルトだった。
金の髪に、澄んだ青の瞳。
王族特有の気品をまといながら、どこか楽しげに微笑んでいる。
周囲の貴族たちがざわめいた。
「皇太子殿下……」
「また王家だ」
レオナルトは気にした様子もなく、リディアへ手を差し出す。
「リディア嬢」
「一曲、付き合ってくれるかい?」
リディアは静かに頭を下げた。
「喜んで」
二人はダンスの輪へ入る。
音楽が流れ始めると、レオナルトは軽やかにリディアを導いた。
王族らしい、洗練された動き。
リディアも自然と歩調を合わせる。
しばらく踊ったあと、レオナルトが小さく笑った。
「今日は随分と人気だね」
リディアは少し困ったように微笑む。
「私ではなく、殿下方のおかげでしょう」
「そうかな」
レオナルトは楽しそうに目を細めた。
そしてふと、会場の端へ視線を向ける。
そこには一人の青年が立っていた。
黒髪に濃い青の瞳。
ヴァルディーク公爵家の嫡男――カイル。
腕を組み、静かにこちらを見ている。
レオナルトの口元が、わずかに緩んだ。
(なるほど)
心の中で小さく呟く。
そしてリディアへ視線を戻した。
「リディア嬢」
「はい?」
レオナルトは軽く肩をすくめる。
「今夜は、君を巡って忙しそうだ」
リディアは首を傾げた。
「そうでしょうか」
「そうだとも」
レオナルトはくすりと笑う。
「だから――」
ほんの少しだけ声を落とす。
「次は、あちらの方を安心させてあげるといい」
リディアは思わず目を瞬かせた。
レオナルトの視線の先を見る。
そこには、まだ同じ場所に立っているカイルの姿。
リディアの頬が、わずかに赤くなる。
その様子を見て、レオナルトは小さく笑った。
(やはりそうか)
音楽が終わる。
二人はゆっくりとダンスの輪から離れた。
レオナルトはリディアの手を離し、穏やかに言う。
「楽しかったよ」
「ありがとうございました」
リディアが一礼した、その時だった。
すぐ近くから低い声が響く。
「……殿下」
そこにはカイルが立っていた。
黒い瞳が、静かにリディアを見ている。
レオナルトは楽しそうに笑った。
「ちょうどいい」
「次は君だろう?」
そう言って軽く肩を叩く。
カイルは一瞬だけ黙った。
だがすぐに、リディアへ手を差し出す。
「リディア嬢」
「次のダンスを、お願いしてもよろしいでしょうか」
その声は落ち着いていたが――
ほんのわずかに、焦りが混じっていた。




