第三話 呼び出し
数日後。
王宮の厨房には、穏やかな香りが広がっていた。
リディアは鍋の中を静かにかき混ぜている。
香草の香りが、ふわりと立ち上った。
その時だった。
「リディア様」
侍女の一人が声をかけた。
「お客様です」
リディアは顔を上げる。
「私に?」
侍女は頷いた。
「はい」
「ミレーヌ・フォン・カストラ様が」
その名前を聞いた瞬間――
リディアの手が、わずかに止まった。
(ミレーヌ……)
元婚約者の隣にいた、男爵令嬢。
ほんの一瞬、胸の奥にざわめきが広がる。
だがリディアは、すぐに表情を整えた。
「分かりました」
静かに頷く。
王宮の庭。
噴水のそばで、ミレーヌは立っていた。
華やかなドレスを身にまとい、どこか落ち着かない様子で周囲を見ている。
リディアが近づくと、ミレーヌは振り向いた。
「……リディア様」
その声には、どこかぎこちなさがあった。
リディアは静かに一礼する。
「お久しぶりです」
ミレーヌは少し視線を逸らす。
「その……」
言葉を探すように口を開いた。
「少し、お話があって」
リディアは穏やかに答える。
「構いません」
だが――
その瞬間。
胸の奥に、微かな違和感が走った。
(……何だろう)
嫌な感覚。
理由は分からない。
けれど、どこか懐かしい。
前世の記憶の奥にある、何かが警鐘を鳴らしているようだった。
リディアはほんの一瞬だけ目を細める。
それでも、微笑みを崩さない。
「どのようなお話でしょうか」
ミレーヌは、わずかにほっとしたように笑った。
「実は……」
その言葉の先には――
まだリディアの知らない企みがあった。




