第二十二話 失ったもの
舞踏会の音楽は、静かに流れていた。
だが、アルフレッド・フォン・グランベルクの耳には、ほとんど届いていなかった。
視線の先には――
ダンスの輪。
その中央で、銀の髪の令嬢が踊っている。
リディア・フォン・アルヴェルン。
かつて、自分の婚約者だった少女だ。
アルフレッドは思わず呟く。
「……リディア?」
信じられないというような声だった。
隣で、ミレーヌが不満そうに言う。
「何ですの?」
「さっきから、あの方ばかり見て」
アルフレッドは答えない。
ただ、目の前の光景を見ていた。
リディアは、公爵家の嫡男と踊っている。
その前には――
皇太子。
そして、王弟。
アルフレッドの顔から、血の気が引いた。
「……どういうことだ」
思わず呟く。
ミレーヌが鼻で笑った。
「ただの侍女でしょう?」
「王女殿下のお気に入りだとか」
だが、アルフレッドの表情は変わらない。
「侍女……?」
低く呟く。
目の前のリディアは、以前と変わらない。
いや――
以前より、ずっと美しく見えた。
柔らかな銀の髪。
落ち着いた微笑み。
堂々とした立ち姿。
そして今、王家や公爵家の人間と並んでいる。
その光景を見て、胸の奥に何かが広がった。
(……俺は)
喉の奥が、乾く。
(何を捨てたんだ)
その時だった。
背後から、低い声が聞こえた。
「アルフレッド」
振り向くと、そこには父――
グランベルク伯爵が立っていた。
その視線は、厳しい。
アルフレッドは思わず背筋を伸ばす。
「父上……」
伯爵は短く言った。
「帰るぞ」
そして、わずかに視線をリディアへ向ける。
次に、ミレーヌを見る。
その目が、冷たく細められた。
「……帰ったら話がある」
静かな声だった。
だが、その一言で――
アルフレッドの顔が青ざめた。




