第十六話 男爵令嬢の焦り
アルフレッドが言葉を失っている横で――
ミレーヌは、信じられないものを見るようにリディアを見つめていた。
(どういうこと……?)
胸の奥がざわつく。
銀の髪の令嬢。
かつて、アルフレッドの婚約者だった女。
その女が今――
ヴァルディーク公爵家の嫡男と並んで立っている。
しかも、先ほどまでダンスを踊っていた。
周囲の貴族たちの視線も、明らかにこちらへ向いている。
ひそひそとした囁きが、耳に届いた。
「今の方、ヴァルディーク公爵家の……」
「アルヴェルン伯爵家の令嬢だ」
「王女殿下の侍女らしい」
「皇太子殿下とも踊っていたぞ」
ミレーヌの指先がわずかに震える。
(そんなはずないわ)
あの女は、婚約破棄された令嬢だ。
社交界では、もう終わった存在のはずだった。
それなのに――
なぜ今、こんな場所で。
しかも、あんな男の隣に立っているのか。
ミレーヌは無意識にアルフレッドの袖を掴んだ。
「アルフレッド様……」
声が少し震えていた。
だが、アルフレッドは答えない。
ただ、リディアを見つめたままだった。
その視線に気づき、ミレーヌの胸の奥が冷える。
(……まさか)
嫌な予感が、ゆっくりと広がっていく。
その時だった。
隣で、カイルが静かに口を開いた。
「グランベルク卿」
穏やかな声だった。
だが、その場の空気がわずかに引き締まる。
「ダンスの途中でしたので」
「失礼いたします」
それだけ言うと、カイルはリディアへ軽く手を差し出した。
リディアは一瞬だけアルフレッドたちへ視線を向けたが――
すぐに静かに一礼する。
「失礼いたします」
そして二人は、ゆっくりとその場を離れていった。
残されたのは、アルフレッドとミレーヌ。
周囲の囁きは、まだ続いている。
ミレーヌの胸の奥で、嫉妬が静かに燃え始めていた。




