第九話 舞踏会の準備
公爵家の執務室。
机の上には書類が積み上がっていた。
カイル・フォン・ヴァルディークは、それを一枚ずつ確認していく。
だが――
どうにも集中できない。
(……王弟殿下がドレスを)
思い出すだけで、わずかに眉が動いた。
侍従の報告は確かだった。
王弟アルベルト・エルフィリア。
王家の一員。
その人物が、リディアの舞踏会用のドレスを贈った。
「……」
カイルは小さく息を吐く。
理屈は分かる。
王女の侍女が舞踏会に出るのなら、王家として装いを整える。
それは当然の配慮だ。
だが――
(私が用意するつもりだった)
カイルは椅子にもたれた。
舞踏会。
当然、リディアの装いのことも考えていた。
だが、その前に王弟が動いた。
「……遅かったな」
小さく呟く。
その時、扉がノックされた。
「カイル様」
侍従が一礼する。
「ダグラス侯爵家の嫡男が、王宮に来ているとのことです」
カイルの視線が鋭くなる。
「……ルーカス・ダグラスか」
侍従は頷いた。
「はい」
「舞踏会にも出席する予定だそうです」
短い沈黙。
カイルはゆっくりと立ち上がった。
窓の外には、王宮の庭が広がっている。
春の風が、木々を揺らしていた。
舞踏会。
そこには当然、社交界の人間が集まる。
ルーカス・ダグラスも。
そして――
(アルフレッド・グランベルクも来るだろう)
あの婚約破棄の当事者。
さらに。
(ミレーヌ・カストラ)
社交界では有名な、あの男爵令嬢。
カイルは小さく息を吐く。
「……厄介だな」
舞踏会には、多くの人間が集まる。
噂も。
視線も。
思惑も。
その中に、リディアが立つ。
カイルは静かに呟いた。
「守る必要がある」
それは誰に向けた言葉でもなかった。
だが――
その声には、はっきりとした決意が混じっていた。




