第八話 試される一杯
厨房の中には、まだ生姜と香草の香りが静かに漂っていた。
リディアの前の鍋では、澄んだ黄金色のスープがゆっくりと揺れている。
その様子を、カイルは黙って見つめていた。
やがて、鍋の中のスープをもう一度かき混ぜたリディアが、火を弱める。
「そろそろ出来上がりです」
静かな声だった。
セドリックが楽しそうに腕を組む。
「おや、それは良いタイミングですね」
そしてカイルの方をちらりと見た。
「ヴァルディーク様」
「せっかくですし、味見をされますか?」
厨房の空気が、わずかに止まる。
料理人たちの視線が、一瞬だけカイルへ向いた。
カイルは鍋を見つめる。
立ち上る湯気。
生姜の穏やかな香り。
香草のやわらかな気配。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……いただこう」
リディアは少し驚いたが、すぐに小さく頷いた。
器を一つ取り、静かにスープを注ぐ。
澄んだ黄金色の一杯。
それを、カイルの前に差し出した。
カイルは器を受け取る。
湯気が立ち上る。
ほんの一瞬、香りを確かめるように目を細め――
そして、ゆっくりと口に運んだ。
厨房は、静まり返っていた。
ただ、もう一口。
そして、さらにもう一口。
気付けば――
器の中のスープは、ほとんど残っていなかった。
カイルは静かに器を置く。
そして、リディアを見た。
「……なるほど」
短い言葉だった。
だが、その声には確かな感心が混じっていた。
「これは――」
「王女殿下が召し上がれるのも、理解できる」
その言葉に、セドリックがにやりと笑う。
「でしょう?」
「殿下も、最近はこのスープをよく召し上がるんです」
ベルナールも腕を組んだまま、静かに頷いた。
カイルは再びスープを見た。
(優しい味だ)
胃に重くない。
だが、物足りなさもない。
温かさが、体の奥へゆっくりと染みていく。
そして、何より――
(よく考えられている)
ただの偶然ではない。
カイルは静かにリディアへ視線を向けた。
「アルヴェルン嬢」
「この料理を考えたのは、あなたですか?」
その瞳は、先ほどまでとは違っていた。
観察ではない。
明確な――興味だった。




