第六話 厨房の令嬢
王宮の厨房には、朝から活気のある音が満ちていた。
大鍋の蓋が開く音。
包丁がまな板を叩く軽快な音。
焼き上がる香ばしい匂い。
料理人たちが忙しく動き回り、次々と料理を仕上げていく。
その中で――
リディアは一つの鍋の前に立っていた。
鍋の中では、澄んだ黄金色のスープが静かに揺れている。
生姜と香草のやわらかな香りが、ふわりと立ち上った。
「……いい香りだ」
横から声がした。
振り向くと、栗色の髪の青年が腕を組んで鍋を覗き込んでいる。
王宮副料理長、セドリック・ロランだった。
「昨日より香りが柔らかいですね」
リディアは頷く。
「殿下が飲みやすいように、少しだけ香草の配合を変えました」
セドリックは感心したように目を細めた。
「なるほど」
「確かに、あまり強すぎる香りは食欲を邪魔しますからね」
少し離れた場所では、料理長ベルナールが腕を組んだまま静かに様子を見ている。
口は出さない。
だが、その灰色の瞳は鋭く鍋を見つめていた。
――その時だった。
厨房の扉が、静かに開いた。
その瞬間――
ふわりと香りが廊下へ流れ出る。
外に立っていた一人の青年が、わずかに足を止めた。
黒髪の青年。
濃い青の瞳。
カイル・フォン・ヴァルディークである。
「……生姜?」
わずかに目を細める。
王宮の厨房から漂う香りとしては、少し珍しい。
しかも、どこか胃に優しい、温かな香りだった。
カイルは静かに厨房の中へ足を踏み入れる。
忙しい料理人たちの間を見渡し――
そして、ひとりの令嬢に視線を止めた。
銀の髪を後ろでまとめた少女。
侍女服を纏いながらも、その立ち姿にはどこか貴族らしい品があった。
(……あの者か)
皇太子が言っていた。
“侍女の料理で、王女の体調が改善した”と。
カイルは静かに観察する。
その視線に、まだリディアは気付いていなかった。




