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婚約破棄された伯爵令嬢が、王女の侍女になって王宮の食事改革を始めました  作者: 絵宮 芳緒
第十章 新たな立場

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第十六話 穏やかな日常

結婚式から、数日後。


ヴァルディーク公爵邸は、穏やかな空気に包まれていた。


朝の光が、やわらかく差し込む。整えられた庭。静かな廊下。そのすべてが、落ち着いた時間を感じさせていた。


その一角――書斎の扉が、静かに開く。


「……カイル」


控えめな声とともに、リディアが姿を見せた。


手には、小さな盆。湯気の立つ茶と、軽い焼き菓子が乗っている。


カイルは書類から顔を上げ、わずかに表情を緩めた。


「リディア」


その声は、以前よりも柔らかい。


リディアは部屋に入り、机の脇にそっと盆を置く。


「少し休まれてはいかがですか」


穏やかな声音だった。


カイルは小さく息を吐き、ペンを置く。


「……そうですね」


そして自然な動きで、手を伸ばした。


リディアの手に触れる。


まるでそれが当たり前であるかのように。


リディアの指が、わずかに揺れる。


けれど、引かない。


そのまま、そっと握り返した。


「……お仕事の邪魔ではありませんか」


少しだけ視線を逸らしながら、そう言う。


カイルは静かに首を振った。


「いいえ」


短く答え、続ける。


「来てくださる方が助かります」


リディアは目を瞬かせ、ほんの少し頬を染める。


「……そうですか」


小さく微笑む。


そのまま、カイルに手を引かれるまま隣へと腰を下ろした。


肩が触れる。


距離が近い。


それでも、もう戸惑いはなかった。


けれど――


この静けさは、退屈ではない。


むしろ、心地いい。


隣を見る。


カイルがいる。


それが、当たり前になっている。


リディアは、そっと目を細めた。


絡めた指先に、温もりがある。


離す理由など、もうどこにもなかった。


ほんの少しだけ、力を込める。


すると、カイルが気付いたように視線を向ける。


「……どうしました」


低く、やわらかな声。


リディアは小さく首を振る。


「いいえ」


けれど、そのまま。


ほんの少しだけ、カイルの肩に寄り添った。


意識したわけではない。


ただ、そうしたいと思ったから。


カイルは一瞬だけ動きを止める。


だが、すぐに何も言わず、そのまま受け入れるように肩を寄せた。


距離が、さらに近くなる。


窓の外では、やわらかな風が庭を揺らしている。


何気ない時間。


けれど――かけがえのないもの。


「……幸せですね」


ぽつりと、こぼれる。


カイルは、わずかに目を細めた。


「ええ」


短く、確かな返答。


リディアはふっと微笑み、そのまま目を閉じた。


穏やかな時間の中で。


新しい日常が、静かに続いていく。

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