第十一話 娘として
アルヴェルン伯爵邸。
見慣れた廊下。
変わらない空気。
だが――
リディアの胸は、静かに揺れていた。
「ただいま戻りました」
応接室の扉を開ける。
そこには、父と母が揃っていた。
「おかえり、リディア」
母がやわらかく微笑む。
父も静かに頷いた。
リディアは一礼し、席に着く。
少しだけ、緊張していた。
やがて、父が口を開く。
「……決めたのだな」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
リディアは顔を上げる。
「はい」
迷いなく答える。
父はしばらく娘を見つめていた。
やがて、静かに言う。
「後悔はないか」
その問いに、
リディアは一瞬だけ目を伏せた。
思い出す。
あの日。
婚約破棄の時。
何も言えなかった自分。
だが――
ゆっくりと顔を上げる。
「ありません」
はっきりと。
その声には、確かな意思があった。
母がそっと息をつく。
「……強くなったわね」
リディアは、少しだけ微笑んだ。
「そうでしょうか」
母は頷く。
「ええ」
そして、優しく続ける。
「でも、無理をする必要はないのよ」
その言葉に、
胸の奥がじんわりと熱くなる。
父が言った。
「相手は、公爵家だ」
現実を突きつける言葉。
「軽い覚悟では務まらぬ」
リディアは静かに頷く。
「承知しております」
父はさらに問う。
「それでも行くのか」
リディアは、迷わない。
「はい」
その一言。
そこにすべてが込められていた。
父はしばらく沈黙し――
やがて、小さく頷いた。
「……よい」
それが、認めた証。
母は、そっと立ち上がる。
リディアの隣に来て、
優しく肩に手を置いた。
「幸せになりなさい」
その言葉に、
リディアの視界が、わずかに滲む。
「……はい」
小さく答える。
娘としての時間が、
静かに、終わろうとしていた。
だが――
それは終わりではない。
新しい形へと変わるだけ。
リディアは、ゆっくりと息を吐く。
そして、まっすぐに前を向いた。




