変わり者の薬師(前編)
ケシの密栽培をしていた謎のバーラート人の後を尾行ていくと、変わった場所に出た。
緩やかな丘の上に切り立った崖というか地殻変動で隆起した断層というか……それほどでもない高さの割に横幅がものすごくある岩山がそこにあった。
すごく見たことがある光景である。
そう。それは我が管理小屋の裏手から大森林に分け入った先、森の主である大猪が守る天界樹の枯れ木とそっくりなのである。
かつてこのあたりの森をうろついていた時は、あの岩山の中にある滝を発見したことで満足してしまい、ここまでさらに探検に来ることはなかった。
あの滝壺で採れる白い花の草だけで充分な稼ぎになったからだ。
ちょっと先に足を延ばせば、ここにも天界樹の枯れ木があったのか。
……ということは、近くに不思議なリンゴの木があったり……しないよね? そして大きな猪とか……いたりしないよね?
俄かに焦りを覚えた私は、気配を悟られてはならない尾行中であることも忘れ、天界樹の周りに脅威となる者が潜んでいないか確認を始めた。
「マリー? 急に挙動不審だね……どうしたんだい?」
「マリーさん? 一応尾行の途中ですよ。そんなにきょろきょろしたら見つかっちゃいます」
突然落ち着きなく辺りをきょろきょろし始めた私に、同行者二人から即座にツッコミが入る。
……まったく。知らないということは幸せなことである。我が裏庭の大森林の主は幸いにして友好的だったが、あの図体の大型動物が猛ダッシュなどしてきたら、あんな密栽培者なんぞに構ってなどいられない危機に陥るというのに。
私はそっとため息を一つ吐き、首を横に振る。
「……なんでもない」
謎のバーラート人は天界樹と思しき岩山の前に来ると、その岩肌の前に立った。そして、後ろを振り返ったりして辺りを確認している。そこには人一人が通れるほどの裂け目があった。
ここの天界樹は、どうやら幹に裂け目ができていて中に入ることができるようだ。
以前トルガーロウが言っていた、アルメニアン帝国内にある天界樹の一つだろうか。
そういえばフェリスは、天界人のことを古い文献で読んだと言っていた。とするとその文献には天界樹のことも載っているのかもしれない。そのことをふと思い出した私は、小声でフェリスに問いかける。
「ねえフェリス。ここって多分天界樹が枯れたものだと思うの。フェリスは知っていたの?」
私の小声の問いに、意外やフェリスは目を丸くして大きな声を出した。
「えっ!? 天界樹だって!?」
「ばかっ! しーっ!!」
すかさずカリンに口を押さえられて続く言葉を飲み込むフェリス。
謎のバーラート人は振り向きもせず岩肌の裂け目から中に入っていった。
どうやら気付かれなかったようだ。
森の木々の陰から様子を窺っていた我々は、念のためその場に伏せて小声で会話を続ける。
「マリー。これが天界樹だって? 本当かい?」
「うちの裏手の薬草園から続く大森林にこれと同じような場所があるのよ。守護者の大きな猪がいて、その猪が言っていたからうちの裏の森にあるあれが天界樹なのは間違いない。そしてこの横幅のわりに高さがあまりない切り立った崖はまさにうちの裏の森にあるものと同じだわ」
「なんてことだ。それが本当なら大発見だ。古い文献を読む限り、所有していた亡国の領内に天界樹があるだろうとは思っていたが……そうか、これが……」
……どうやらフェリスは知らなかったようだ。トルガーロウはフェリスに話したりしなかったのだろうか。
「さっきの奴はこの中にアジトでも作っているの?」
カリンの問いにフェリスが頷く。
「そうだ。どうやらここで阿片の精製をしているようなんだ。それにしてもここが天界樹だったとは……まるで空から大岩でも落ちたような見事な空洞になっているから、よくもこんな隠れ家にピッタリの地形ができたものだと思ったのだが……元々すごく大きな木だったというなら納得だよ。古くて大きい木は真ん中が空洞になることがあるからね」
しきりに感心するフェリス。そして私も中に入れる状態になっているこの天界樹に俄然興味がわいてきた。トルガーロウが語っていたようにこのあたりの森とは全く違う植生が広がっているのかもしれない。
どうしよう……すごく見たい。
さっそく突撃する気になった私は背中に背負った弓を手に取りつつフェリスの方を向く。
「フェリス。さっそく突撃してあの密栽培者を確保しよう!」
しかしフェリスは、やる気に満ちた私に冷静に答えたのだった。
「いや。今日は相手のアジトを偵察するだけだ。いったん町に戻って作戦を練らないとね」
悠長なことを言うフェリスに私は呆れた。先ほど尾行の最中だというのにフェリスが大声を出したものだから、いくら相手が気づいていない感じだったからとはいえ、少しは危機感を持ってほしい。
実は気づかれていてさっさと逃げ仕度などしていたらどうするというのか。
しかし私は、その懸念は口にせずにフェリスを急かした。
本音を言えば、一刻も早くこの天界樹の枯れ木と思われる岩山の中に入って中をつぶさに観察したいのだ。
天界樹かもしれない岩山を前にしてお預けを食うなんて私には我慢できない。アジトの偵察などしていては、腰を据えて天界樹の内部を観察できないではないか。
「えー? どうせ相手は一人でしょ? 一気に踏み込んでさっさと捕まえればいいじゃない」
私の適切な提案に、しかしフェリスばかりでなくカリンも揃って溜息を吐く。
「本当マリーって……」
「ホントにマリーさんって……」
「「脳筋だよねー」」
うるさいわよ。そこハモらない!
「どうせ捕まえて尋問するんでしょ? なら今からでいいじゃない」
「いや、マリー……それはそうなんだが、僕は大人しくご同道願って、目的を聞き出して、場合によっては協力関係に持っていきたいんだ。どうもマリーに任せると力技に持っていきそうで心配だよ」
相手は他国の領内の森の奥でこっそりケシの花などという危ないものを栽培している奴である。バーラート王国で起きた阿片事件以来、アルメニアン帝国では、というよりこの大陸にあるすべての国でケシの栽培はご法度だったはずだ。
いきなり近づいて「ちょっとお話を聞きたいのですが」なんて言ったりしたら、くるりと背を向けて全力で逃げ出すに決まっていると思う。
それに、私の貴重な収入源だった白い花を咲かせる草を全部処分してケシに植え替えるという悪逆非道を行うような奴である。断じて許さな……コホン。もとい、ここはさっさと逮捕してからゆっくり尋問すべきだろう。
「フェリス。アルメニアン帝国ってケシの栽培は禁止なのよね?」
「もちろんだよ。君の国でもそうなんだろう?」
私はカリンを見る。
「そうですね。でも、元々この大陸にはない植物だから、大々的に禁止であるというお触れは出していなくて、他国から持ち込まれそうになった時に検閲で没収する形を取っていますね。下手に禁止のお触れを出しては興味を持つ悪い人間が出ないとも限りませんからね……ところでマリーさん、ないとは思いますが、こっそりあの裏庭の畑で栽培していたりしませんよね?」
さすがの私もケシには手を出していない。カリンの言う通り我が国ではケシという植物を国内には存在しないものとして扱っている。存在しないのだから当然禁止とお触れを出すこともない。
だが、いろいろな薬を扱うアカデミーにおいては禁止された薬草として周知されているのでもちろん私はそのことを知っている。
「カリンちゃん、さすがに私もケシには手を出さないわよ。そもそも種が手に入らないし」
私はカリンに肩を竦めて見せ、それからフェリスに向き直る。
「やっぱりこの国でも違法なんだったらさっさと捕まえてから『喋らぬとためにならぬぞ』的なノリに持って行った方が話を聞き出しやすいと思うんだけど。のんびり構えていてさっさと逃げられちゃったら面倒じゃない?」
私の提案にフェリスとカリンは顔を見合わせた。そして少し考えていたフェリスが口を開く。
「まあそれもそうか。訪ねていった途端、抜け道などから逃げられた時のことを考えて、もっと詳しく偵察をしてからにしようと思ったんだが……実は僕は、この秘密基地におあつらえ向きのこの地形を人工の物ではないかと疑っていたんだ。ずっと前から作り込んでいてこっそり準備をしていたのではないか、それならどんな仕掛けが隠されているかわからないと。でもマリーが言うことが本当なら、これは自然にできた地形ということになる」
フェリスは私の目を見て、真面目な顔つきで言った。
「そして今回僕たちには弓の名手がいるからね。いいかい、マリー。もしかの人物が僕の問いかけに答えず逃げ出したら、できるだけ矢は体には当てないでほしい。服だけ縫い留めて足止めするんだ。君の腕ならばできるだろう?」
逃げる相手の体に当てることなく動きを止めることは確かにできるのだが……なぜそれをフェリスが知っているのだろう? 私、フェリスの前で弓を使ったことあったっけ?
「さあ、行くよ。僕が先頭をいく。かの人物以外に人がいないことは調査済みだが、念のため後ろにも気をつけてくれ」
私たちは伏せていた地面から立ち上がると、件のバーラート人が入って行った岩肌の裂け目から中に入った。
一気に畳みかけようとしましたが、今回では終わりませんでした……マルガレットはまだ暴れていません。
前、後編に分けて投稿いたします。
次回、密栽培をしていたバーラート人を確保すべくマルガレット大暴れ!
ご期待ください。




